六色の呪術使いアリス   作:ナチュラル7l72

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後は頼みます


第6話

「ところでなんで突然私を呪術師に?元々決めてたことなら勧誘文句を『(チミ)呪術師にならない?』になるはずよね」

 

真希を保健室に放り込んだ後、委細説明のため職員室に行く。補助監督にだいたい説明したけれどそれでも一応悟に頼まれたことなのでその本人には口で説明した方が良いだろう。

 

「アリスからの僕のイメージそんなチャラそうなキャラなの?」

 

「別にそういうわけではないけれど」

 

「ああそう…」

 

目隠し代わりに新聞紙をかぶせていた五条がそれをどける。任務はその日のうちに終わりその後すぐに帰ってきたとはいえこの男はその間何かをしていたようには見えない。

 

すごく強いはずなのになんでこんなに暇しているのかしら。と疑問に思いつつそれより何倍も疑問に思っていたことを口に出した。

 

「もうすぐ憂太が海外いくからね。僕たちみたいな特級術師は国外でもばりばり働かされんの。あーやだやだ労働なんて大嫌い」

 

「ならなんで貴方はそんな暇しているの…」

 

どこかで買ってきたのかメルチーズと書いてあるラベルをはがし口の中に放り込む。発言と行動が現在進行形で矛盾している様に感じるのは私だけかしら。悟がめんどくさがらなければ憂太も海外に行くことにならなくてもよかったんじゃないかと思ってしまうわね…

 

「ま、それに…」

 

口を開きかけ、止める。言いかけた言葉はいつまでたっても彼の口から発せられなかった。

 

「?」

 

「いや、なんでもない。後で恵にも昨日の授業してくれない?予想してたよりパンダたちの呪力操作が緻密になってたからさ」

 

「お風呂浴びさせてもらった後なら構わないわ」

 

ロングスカートを翻して職員室から去っていく。

 

「アリスの大切(weeek point)が増える事を願っているよ」

 

誰もいない職員室にそのつぶやきだけが残響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アリスの大切が増える事を願っているよ』

 

(大切、ね…わかってはいたけれど依然として警戒されているわね)

 

職員室に新しく備え付けられた私の教員用デスクの上にまるで装飾用の様に置いてある上海の耳からその声を拾う。

 

てくてく歩きながらあの言葉の真意とその先についてを考える。いずれ悟とも戦うのだろうか。正直力量がどの程度なのかまったくわからない。けれど周りの反応から軽蔑こそすれ、まるでだれも敵わない最強であるかのような絶対的な信頼を誰からも受けているようだった。

 

私は光の魔法を使える。適当に拳にまとわせて殴るだけで彼らが呼んでいる呪霊とやらは一撃で葬ることが可能だ。前方に射出することもできるから闇の魔力の化身である呪霊相手なら余裕で完封できるでしょうね。

 

けど、私は決して強いわけじゃない。幼少期、浅ましきも愚かだった私は自分と相手の力の差も理解せずに魔界の侵入者に挑み、敗れた。

 

あの時は本当に大変だったわ…。巫女に神社でこき使われたり魔法使いに縛られて私のグリモワール盗られたり悪霊にメイドを強要されたり花の妖怪にストーキングされたり…

 

思わず目尻に涙が込み上げて、そしてそれを拭う。思い出しただけで泣きそうになってしまうほどに苛められたあの日々はトラウマであるとともに私の胸に刻まれた教訓になった。けどもう二度とあんな思いはしたくないわ。ぐすん。

 

あの時と違い私は光の魔法も習得し五色から六色の人形遣いとなった。けれどあの四人に勝てる気がしない。

 

そして悟のあの傍若無人な態度。まるであの四人の鏡写しのようだわ。勝手な理由で魔界で暴れまわりそしてその勝手ができる力量を持つ彼女ら。

 

…今の私では敵わないと考えた方がいいわね。

 

けどそれで思考停止するわけにもいかない。もしかしたら人間界最強格の悟を倒して一段階成長しなさい。とお母さんは伝えようとしているのかもしれないもの。

 

けれど私は悟の何が彼を最強たらしめているのかまったくわからない。巫女ならその体に眠る膨大な霊力とその技が彼女を最強格に昇華させていた。だから情報を集める必要が…

 

「アリスさん?」

 

不意に声をかけられその出どころである前方へ顔を上げると金髪背広の一級術師の七海さんがそこにいた。ちなみに健人、と呼んだら盛大に顔を顰められたのでそれ以降名字で呼んでいる。

 

「七海さん。任務帰りかしら?」

 

「…はい。今しがた呪霊を祓ってきたところです」

 

刀身を布でぐるぐる巻きにした鉈を背にかけているからもしかしたら、と思ったからの発言だけどまさかそのいかにも動きづらそうな服装で戦闘していたとは思わなかったわ。昨日見た時もおんなじ格好だったしいつもこの格好なのかしら。

 

「たしか七海さんは高専に所属している教諭ではなかったはず。わざわざここになにか用でも?」

 

「いえ、特には。独り暮らしの家に戻るには少し遠いので時々私も空き部屋を借りて寝室としているだけです」

 

慣れたような口調でここに寝泊まりしていることを告げる七海さん。なんというか、社畜根性がすごいわね。そういうのって社中泊とか言うんじゃないかしら。

 

「…少し疲れが目立っているわね。Vulnera Sanentur

 

本来は外傷に作用する光の魔法だけれどこの魔法は精神にも作用する。

彼は目の下に隈を付け、スーツを着用していながらどこかくたびれた格好。少しの猫背。私の見立てが誤診だとは誰も言えないだろう。

 

「…ありがとうございます。少し楽になりました」

 

「体の傷は心に現れ、その逆も然りよ。貴方は外の管理はしっかりできているようだけれど、内の管理をないがしろにしているとやがて外にもそれが表れてしまうわ。注意することね」

 

まったく。今回は知り合いだったしこの世界に落ちてから初めてまともに話した人間が彼だったからこそわざわざ魔法を行使してその傷を緩和したけれど、正直やってられないわね。

 

校舎を脱し街に出て、いろんな人たちと会話する。どの人も礼儀正しく明るく私に接する。

だがどの人間も内に秘めた闇が彼らを内から蝕んでいるのがありありと私の目に写っていた。

外に見せる明るい光と内に秘めた仄暗い闇。その矛盾した色を同時に見せつけられる私の身にもなってほしいわ。

 

精神に傷を負った人が多すぎるのは人間故だからなのか。それともこの世界がそれを強いているのか…

 

「じゃ、私は入浴してくるわ」

 

けど、それは私に関係ない話だわ。

 

思考を止めてぐっと伸びをしてふわあと欠伸一つ付きつつその場を離れる。離れようとして、

 

「アリスさん」

 

またも声をかけられる。足がつんのめり気味になりながら体を振り向かせて首を傾けた。

 

「貴方は、何故呪術師になったんですか」

 

突然の質問。流れをわざわざ堰き止めたその質問は七海さんにとってはもしかしたら大事なものだったのかもしれない。彼も気づいていない程に微かだが声を顫動させながら口にしていた。

 

だから少し申し訳なく思いながら特に考えもせず頭によぎった考えをそのまま口に出す。

 

「夢のためよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏油先輩は崇高な夢を持っていた。

 

‘‘非術師を守るために呪術師はいる’’

 

先輩にとってはただそうあるべきという思想だったのかもしれない。

だが私にとってそれはとても尊敬できて、理解し難い話だった。

その思想がではない。具体的な夢を持とうとするその精神構造に対してにだ。

 

夢なんて、叶う方が珍しい。

その難しさ。そこに行き着くまでのプロセスの難解さ。

大抵はその道中の苦労に思いを馳せ気後れし躊躇し、止める。たとえ決心したとて夢にも届くかなんてわからない。その夢の素晴らしさに比例して夢にたどり着ける確率は下がっていくだろうということは誰もが知っている。

 

それに、その夢の現実に打ちのめされ折れてしまったら?

 

自分のすべてが否定された気分。その道へ歩んでいた苦労の全てが無塵に帰す。

 

本人に聞いたわけではない。だが傍から見てもわかるくらいに夏油先輩は憔悴し今にも倒れてしまいそうな様子だった。

 

その後、夏油は呪術界から離反し反旗を翻した。だから私が見た彼の最後はかつての信条が折れてしまったその姿だった。

 

高専を卒業し、サラリーマンとして働き、そしてまた呪術師として働く。

 

そうして戻ってきた今でも私はその意味に明確な理由を付けずに曖昧に誤魔化していた。

それを具体化してしまえば、また折れてしまうのではないかと恐れたから。

あまりに理想が高い夢は人を殺す。とっくに知っていた事だった。

 

「…」

 

パン屋で働く女店員を訳もなく助けたあの情景がぼんやりと蘇る。

 

そんな意味のない情景が浮かんだのは任務帰りで疲れていたからだろう。ぼーっとしていた頭を軽く叩き覚醒させ前を向いた先にいたのはアリスさんだった。

 

私がアリスさんに抱いていたのは「不信感」だった。五条さんの言葉もあるがあの場で私ともう一人一級術師がいたとしても苦戦を強いられていたであろう呪霊を圧倒しあまつさえ祓ってしまう力量。

あの日本人離れした見た目も相まってなにか怪しい者と疑わない方がおかしいだろう。

 

そんな人間かも怪しい彼女は五条さんの勧誘に乗せられ呪術界の要とも呼ばれる呪術高専にて教鞭を振るっていた。はじめ聞いた時は冗談かとも疑ったが職員室にて人形作りに勤しんでいた彼女の姿が真実だと語っていた。自分で呪霊の類に見えたとか言っておいてあの人は何故ほいほいとそんな怪しい人物を内部に入れるのか…

 

正直会話もしたくない。そんな彼女に話しかけたのは興が乗ったとかそんな偶発的なものではなく。

 

「…ぐすん」

 

その見た目相応の、今すぐにでも泣き崩れてしまいそうなその表情。能面、とまではいかないが自分が見た彼女の表情はいつ何時でも平静を崩さず驕りも猛りもしない。そんな彼女が涙を流し、そしてすぐにそれを止め目尻を拭う姿に思わず声をかけてしまった。

 

任務以外、つまり仕事以外で彼女と話すのはこれが初めてのことだったが存外話が通じる。人間のような相手にその評価は失礼だと一瞬考えたがそもそも話人間かもわからない相手だ。彼女には悪いが詮無きことである。

 

「Vulnera Sanentur」

 

その言葉とともに胸の内に溜まっていた煤が払われたような感覚に陥る。自分でも気づかないうちに心労が溜まっていたようだ。呪術師は金払いは良い。がそれすなわちそれに従事している人数の不足を意味する。ほとんどやりがい搾取だ。なるべくメンタル・健康管理は徹底しているつもりだったが彼女の魔法にてその洩れを察する。

精神に作用する魔法、と彼女は言うが時間経過で物言わぬ木偶になり彼女の人形の仲間入り。という類の術がかけられていてもおかしくない。彼女が味方か敵かわからないこの状況で一方的に干渉を受けるのはそれだけで心労になる。捨てられた古紙がまたも溜まっていくかのような気分だ。だが少なくともメンタルを改善してくれたのは事実。

 

「ありがとうございます」

 

 

「じゃ、私は入浴してくるわ」

 

後で五条さんに自分の体に他の術がかけられていないかの確認を取ろうと誓った所で彼女は私に背を向けて去っていく。

 

無意識にその背を見つめていた私は脈絡もなく「彼女は何故呪術師になったのだろうか」と疑問に思った。

力あるものは特に理由もなく一番適していたその事柄をしているケースが多い。五条さんがその典型例だ。だから特に理由なく呪術師になっているのかもしれない。そう思いつつ尋ねると彼女は少し困ったような笑みを浮かべつつ応えた。

 

「夢のためよ」

 

そしてその言葉を最後に彼女はその場を後にした。きっとさっき口にしたように入浴するために風呂場に向かったのだろう。

 

「はあ…」

 

思わずため息をついてしまい疲れが梳かれてなお疲れ続けている事を悟る。

 

へらへらといつも笑っている最強の五条さんも、そしてなんでもできるのではないかと思えるほどにあらゆる術を習得しているアリスさんも。

その夢に向かって歩む姿は晴々しくとても眩しい。

 

夢なんて抱きたくもない。私には彼らのように尊ぶべき夢に向かう黄金の精神なんて持っていない。持ちたくもない。

 

だが私は願ってしまった。パン屋の女性の安寧を願い行動した。人々の安全を祈ってしまった。

 

そしてこの場に立っている。中途半端が一番愚かであることは自明。

 

人を守る。たったそれだけの決意。だが、その決意が四肢に熱を持たせ思わず拳に力が入る。

 

「…とりあえずは、目前の命を救うことに集中しますか」

 

曖昧な理由で戻っきた呪術師。その意味を初めて見つけられた気がした。




誤字脱字、わかりにくい表現等を直しました。
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