【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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【幼年期】始まりの村サンタローズ編
1.誕生


 

 たいまつの揺れる音が鮮明に聞こえる。

 毛深い絨毯を踏みしめる感覚がいつもと違う。

 

「陛下。こちらでございます」

「うむ。そなたには本当に苦労をかけたな」

 

 実直で、かつ強靱な意志を感じさせる瞳を柔らかに細めながら、深紅のマントに身を包んだ男は給仕の女を労った。上品な微笑みを浮かべた初老の女は、そのまましとやかに腰を折り、先導して歩き出す。

 

 ――本当は駆け出したかった。一分一秒でも早く愛する者の元へと向かいたい。

 

 だが男は(はや)る気持ちをぐっと抑えた。大柄な自分が走ればそれだけ音と振動をまき散らす。それが『彼女』には良くないのだと口酸っぱく言われていたからだ。

 給仕の後ろをゆっくりと歩く。その姿は王者の威厳が漂う。

 

 否。男は正真正銘の王だった。名をパパスという。

 

 深き森、険しき山に囲まれた天然の要塞、堅牢にして優美さをも兼ね備えた古城グランバニア。その頂点に立つ男である。

 はるか遠国にまでその勇名が響き渡るほどの猛者が、これほどまでに気もそぞろになる理由。それは――。

 

「こちらです。中ではお静かに。マーサ様もご子息様もようやく落ち着いたところでございますゆえ」

 

 そう。パパスとその妻マーサに、待望の男子が誕生したのだ。

 一国の王から一人の父親へ。魔物相手にも決してひるまないパパスだったが、今日ばかりは平常心ではいられなかった。『自分に子ができた』という初めての経験の前には、持ち前の冷静さなど蝋燭の火のように吹き飛んでしまう。

 

 精緻な意匠の施された扉をゆっくりと開ける。かすかな熱と、そして溢れんばかりの聖なる気をパパスは感じた。

 中央の寝台に横たわる妻が、気配を感じて振り返る。

 

「あなた」

「マーサ……! よくぞ、よくぞやってくれた」

 

 精悍な顔にわずかな赤みを浮かべたパパスを見て、マーサは柔らかく微笑んだ。若干やつれていたが、その表情はいつも以上に美しく、神々しさすら漂わせた。

 パパスの視線が、毛布にくるまれた赤子へと向く。

 

「ほら。私たちの子よ。今は眠っているけど、とても元気な声を上げていたわ」

「おお、おお! 下の階にも聞こえてきたぞ。そうか、男か! 元気そうだ! うむ、目元はお前にそっくりだ!」

 

 声を抑えられない。王の様子に給仕の女がくすりと笑った。

 マーサが声をかける。

 

「ねえあなた。この子に名前を付けてあげないと」

「おお、そうだな。何がいいか」

 

 パパスはしばらく寝台の回りを歩いた。顎に手をあて、これまでにいくつも考えた候補の中から選んでいく。この感動を表現し、自分と愛する妻の宝となるに相応しい名を。

 沈思黙考の後、パパスはマーサに向き直った。彼には珍しい、満面の笑みを浮かべて言う。

 

「よし。トンヌラというのはどうだろうか」

「まあ、素敵な名前……賢そうで、優しそうで」

「だろう?」

「ええ。ねえ、あなた。私もこの子の名前を考えてみたの」

 

 遠慮がちな妻の申し出に、パパスは無言で先を促した。

 

「アラン――というのは、どうかしら?」

「アランか。いまいちぱっとしないが……お前が考えたのなら、そうしよう」

 

 妻に笑いかける。深紅のマントを(ひるがえ)し、パパスは赤子をそっと抱え上げた。

 

「アラン。今日からお前はアランだ!」

「まあ、あなたったら――ごほっ、ごほっ!」

「マーサ? どうした、しっかりしろ。マーサ!」

 

 ――声は次第に遠くなる。

 ――(しお)(さい)の音が、どこからか響いてくる。心地よく。切なく。

 

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