【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
湿気が肌に冷たい。流れる水が岩場で弾ける音が絶え間なく響く。
緊張をほぐそうと、アランは大きく息をする。胸の中に入ってきた空気は、外のそれとは明らかに違っていた。
アランは今、サンタローズの洞窟の中にいる。
ビアンカたちの話を聞いたアランは、材料を取りに行ったまま戻らない道具屋を探すため、この場所を訪れていた。
いつもなら入り口に立っている見張り役の姿はなかった。もしかしたらアランと同じように道具屋の様子を確認しに行ったのかもしれない。
洞窟の中は点々と松明が灯され、足元も人が通りやすいようにならされている。それだけこの場所を利用する村人は多いということだろう。
だが、それでもアランにとっては初めての、『ひとり』での冒険である。『ひのきの棒』を両手に握りしめ、緊張の面持ちで奥へと進んで行く。
アランの胸にあるのは、困っているビアンカたちを助けたいという思いと、勇敢なパパスの息子であるという誇り。パパスもきっと、この洞窟のどこかにいる。そう考えると、若干だが勇気が湧いてきた。
サンタローズに来る前、船員に言われたことを思い出す。
『坊主は勇気がある。新米ヒヨッコの半分も生きちゃいないにもかかわらずだ。きっと大人になったらどえらいことをやってのけるぞ』
「こわくない。だいじょうぶ。僕がやるんだ」
靴音がこだまする。わずか六歳の少年の背丈では、洞窟内部はとても広く感じた。
どこか遠くで「キィ、キィ」という声を聞く。間違いない。いくら整備されているとはいえ、ここにはいるのだ。モンスターが。
そのとき。
左手、岩陰からスライムが飛び出してきた。一匹。威嚇するように甲高い声を上げている。
アランは取り乱さなかった。息を吸い、吐き、また吸い、吐く。
だいじょうぶ。この戦いは、初めてじゃない。
『ひのきの棒』を構える。
「僕は、負けない。行くよっ!」
荒い息をつく。
岩の一つに背を預け、アランは休息を取っていた。額に浮かぶ汗、しかし洞窟内の気温が低いせいか、すぐに冷たく乾いてしまう。風邪を引いてしまうかもしれないなとアランは思った。
だが、その表情は明るい。
最初のモンスター、スライムを撃破してからしばらくが経った。その間、幾度も戦闘を繰り返し、その都度退けてきた。経験を積むごとに、『自分は戦える』という自信を深めていた。
何より。
「――、ホイミ」
短く、丁寧に呪文を唱える。
途端、掌に温かい光が集まり、戦闘で受けた傷を癒していく。
呪文とは世界から与えられた力だという。天賦の才を持ち、経験を積んで、その資格を得た者だけが呪文を行使することができる。
アランは、自分が最初に覚えることができた呪文が回復呪文ホイミであったことに、大きな喜びを感じていた。パパスが自分を心配してかけてくれる呪文、今度はそれをアランの方からかけることができるようになったのだ。とても誇らしいことだった。
だが、嬉しいことばかりではない。
重なる戦闘で、リスからもらった『ひのきの棒』に小さなひび割れができていた。
攻撃を空振りし、岩を強く叩いてしまったことが響いたのかもしれない。これではいつ使い物にならなくなってしまうかわからなかった。
村に戻って仕切り直すかどうか、少しだけ悩んだ。
「きっとまだ、だいじょうぶ」
芽生えた自信と回復呪文の習得で気が大きくなっていたアランは、そのまま勢いよく立ち上がり、再び歩き始める。
右手に持った武器が、ぱきり、と微かな異音を立てた。アランは気付かなかった。