【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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101.地下にいたもの

 

 階段は地下一階分ほどの深さだった。意味ありげな雰囲気の割には意外に小規模だ。

 階段を下りきると、そこは岩盤をそのままくり抜いた部屋だった。四隅に松明が焚かれ、古びた机と椅子、それから藁むしろが無造作に置いてある。

 奴隷生活を思い出して、アランとヘンリーは眉をしかめた。

 

 よく目を凝らすと松明から煙が出ていない。かつて妖精の国で見た、光る壁と同じ原理なのだろうか。あるいはアランたちも知らない、何かの呪文の効果なのか。

 わかるのは、ここは人が住むにはあまりに不便で、ましてやカジノの街オラクルベリーにはおよそ似つかわしくないところだということだ。

 

「誰もいねえじゃん」

 

 ヘンリーがつぶやく。確かに彼の言う通り、人の姿はまったくない。

 だが、外で感じていた気配が消えたわけではなかった。

 アランはあることに気づく。階段を背にして左手、松明と松明の間にくすぶる闇の向こうから、微かに風が流れてきている。気配はそこから感じられた。

 

「僕はアランといいます。占いのお婆さんからここを訪ねてくるように言われました。誰か、いませんか」

 

 声を掛ける。すると闇の向こうで何かが動く気配がした。こちらの様子をうかがっているようである。殺気はない。が、油断はできなかった。

 

 のそり、のそり……微かな足音がした。

 無言でヘンリーを促し、戦闘の構えを取った。武器がないので素手になるが、この狭い空間でなら小回りが利く方がうまく立ち回れるはずだった。

 

「そこにいるのは、誰?」

 

 (すい)()する。返事はない。

 

 ――が、次の瞬間。

 

 闇の中に、真っ赤な光がふたつ、突如として生まれた。次いで現れたのは、天井に届きそうなほど巨大な獣だった。

 体格は熊に似ている。だがその顔付きはどことなく(ふくろう)を思わせた。

 明らかにモンスターだ。

 アランたちは息を呑んだ。

 

「まさかこんなとこで、こんな奴に出会うなんてな。アラン、先手必勝で行くか」

 

 頬に一筋の汗を流しながら気丈にも笑うヘンリー。アランは厳しい表情のまま、さらに構えを低くした。

 

「何でモンスターがいるのか理由がわからない。けど、こんな街中で暴れ始めたら大変なことになる。それは止めなきゃ」

「了解。ぶっ倒したついでに皮でも剥いでやるぜ。ふんじばって畳んで丸めて売っ払えば、いくらか足しにはなるだろうよ! ちくしょうめ!」

「ヘンリー、怖いのはわかるけど、あまり自棄になって叫ぶのは良くないと思うな」

「おいこら、横槍入れるんじゃねえ。せっかく人が勇気を出したってのに」

 

 獣が吠えた。拳を構え直すアランとヘンリー。

 獣が一歩、近づく。同時に二人は地面を蹴った。突撃の勢いのまま、鍛えた拳を振り上げる――。

 

「いやーんっ」

 

 と、獣が言った。

 

 気勢を根こそぎ削られた二人は、そろってたたらを踏んだ。呆けた顔で獣を見る。

 獣は、逞しい肉体をくねくねと踊らせていた。はっきり言って不気味だ。

 

「な、なんだ……?」

「あーいや、すまなかったなあ二人とも」

 

 その声は獣の後ろから聞こえてきた。やがて巨体の陰から二人の男が姿を現す。

 一人は杖を持ち、白髭を胸元あたりまで見事に伸ばして、妙に血色の良い晴れやかな表情を浮かべている老人だ。

 もう一人は老人よりは若く、真っ黒な髪と髭の間に何とも厳つい顔が座った、小太りの男だった。

 

 獣にまったく頓着する様子もなく、二人の男は机に向かう。老人はどっこいしょと椅子に座り、男はその側で腕を組んで立ったまま、にやにやしていた。獣は獣で途端にしおらしくなって隅に控えている。

 混乱した様子のアランたちに、老人はごほんと咳払いをした。

 

「よく来たな、ふたりとも。待っておったぞ」

「は、はあ。えと、あなたは?」

「わしは有名なモンスター爺さんじゃ」

「そして俺は世界をまたにかける大商人、いつもニコニコ、オラクル屋だ!」

 

 聞いてもいないのに隣の男も名乗りを上げる。冷静に考えれば名前じゃない気がするのに、二人はまったく疑問に思った様子もなく胸を張っていた。

 大仰な名乗りの割にはアランもヘンリーも初めて聞く名前である。

 

「有名……?」

「世界ぃ?」

「何じゃおぬしら、私らの顔と名を知らんのか」

「す、すみません。長い間辺境で生活をしていましたから、街のこと分かんなくて」

「そうかいそうかい。それじゃあ俺たちを知らなくても無理はないぜ。なあ、モンスター爺さんよ」

「うむ、確かに仕方ないのう。オラクルさんや」

「がっはっは」

「ほっほっほ」

 

 やけに仲が良さそうである。何が何だかわからない。

 アランとヘンリーが頭を抱えていると、不意にモンスター爺さんが声を落とした。

 

「ま、冗談はこれくらいにして。あんたたちが占いババの言っていた旅人たちじゃな。先ほどの様子は見させてもらった。ふたりともなかなかの勇気じゃ。特におぬし。アラン、と言ったな」

「は、はい」

「近くへ」

 

 打って変わって静かな威厳を放つ老人に、アランは戸惑った。モンスター爺さんは口元で笑う。

 

「なに、取って食いはしない。少し、お前さんの『目』を見せてもらうだけだ。わしが探し求めている、その不思議な力を秘めた目を、な」

 

 

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