【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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11.初めての逃走

 

 洞窟のかなり奥までやってきた。

 道のすぐ脇を流れていた川の流れはどこかへと姿を消し、今は岩壁越しに水音を聞くのみとなっている。

 壁面に据え付けられたたいまつの灯りは煌々と内部を照らし続けている。周囲に漂うモンスターの気配がどことなく濃くなったように感じた。

 

 大きな音が響いたのはそのときだ。

 アランが振り返ると同時に、細かく砕けた石が高速で頬をかすめる。

 

「モンスターの攻撃……!?」

 

 緊張で身体が硬くなる。いつのまにかモンスターの接近を許していた。

 身の丈はアランより低く、その小さな手には巨大な木の鎚が握られている。どこか愛くるしい容姿とは裏腹に、闘争本能をみなぎらせた目をアランに向けていた。モンスターの足元には、鎚で抉られた痕がくっきりと残る。

 

 『おおきづち』だ。

 

 小さな身体から溢れる迫力に思わず唾を飲み込む。それが隙になった。

『ひのきの棒』を構える前に、おおきづちはいきなり襲いかかってきたのだ。

 力任せに、大上段から木鎚を振り下ろす。

 横っ飛びで攻撃をかわしたアランは、木槌の一撃で新たに出来た地面の窪みに冷たい汗をかく。怖ろしい威力だ。だがこれまで戦ったスライムや、こうもりの姿をした『ドラキー』などと比べれば、攻撃が大味な分かわしやすい。

 

 地面にめり込んだ木鎚を引き抜くのに手間取っている間に、アランは横合いから『ひのきの棒』を叩き付ける。

 

「はあぁっ!」

 

 手首から肘、肩、そして身体全体に伝わる確かな手応え。おおきづちが吹き飛ぶ。

 よし、やった――そうアランが思ったとき、おもむろにおおきづちが起き上がった。そして何事もなかったかのように再び木鎚を振り上げ、襲いかかってくる。動きにまるで変化がない。

 

 効いてないのか。アランはたじろぎながらも、隙を狙って再度攻撃をしかける。

 だがおおきづちは、倒れない。

 

「……痛っ!」

 

 手首に違和感。武器を無理矢理叩き付けたせいだ。

 手首を押さえ、身を丸める。おおきづちから視線が外れる。

 

 気がついたときには目の前に木鎚が迫っていた。とっさに『ひのきの棒』を構え、攻撃を受け止める。

 木槌に比べ、明らかに細く頼りない木の棒が、おおきづちの攻撃を真正面から受け止める。

 

 直後、『ひのきの棒』は真ん中から粉砕された。

 

 木鎚の勢いは止まらない。そのまま振り抜かれる。腹に直撃する。

 ふわ、と身体が浮いた。

 世界が反転して。

 息も吸えないまま地面に叩き付けられた。

 

 ――痛恨の一撃。

 

「げほっ、げほっ。ごほっ!」

 

 まともに息ができない。苦しさから指先が震える。『ひのきの棒』は、柄を残して使い物にならなくなった状態で、アランの手に残った。

 

「げほげほっ、……っ!」

 

 ――その攻撃を前転でかわせたのは、ほとんど偶然に近い。

 細かな砂まみれになりながら、アランは何とか体勢を立て直そうとするが、うまくいかない。涙がにじんだ。

 

 おおきづちの動きには、やはり変化がない。

 敵が、木鎚を握る手に力を込めたのがわかった。

 アランの頭はその瞬間、真っ白になった。

 

「う、うわあああぁぁぁぁっ!」

 

 逃走。脇目も振らず、全力で走った。

 腹が痛む。足がもつれる。いつもほど速度が出ていないことを気にかける余裕もない。

 立ち止まったらやられてしまう。それだけが頭にあった。

 

 どれくらい走っただろう。

 

 ついに身体の方が音を上げて、アランは座り込んだ。幸運にもそこは地下水が湧いているところだった。アランは無我夢中で水を口にする。爽やかで、微かに甘みのある水に混じり、何とも言えない苦みが口の中に広がった。血の味だとアランは初めて知った。

 

 岩に背を預ける。

 ゆっくりと、自らが走ってきた通路を見た。

 

 おおきづちは、追ってこなかった。

 腹の底から安堵の息を吐く。

 

 攻撃を受けた箇所をさすった。わずかに痛みが残るが、思ったより軽傷だった。荒かった息もようやく落ち着いてきた。水を飲んで一息ついたこともあり、精神的にはかなり楽になっていた。

 

 ホイミをかける。だが呪文を唱えたのも束の間、傷が癒えきる前に呪文の光は消えてしまった。どうやら精神力が切れかけているらしい。

 アランは右手を見た。折れた『ひのきの棒』の無残な姿がある。

 嫌な汗がにじむ。

 

 武器もない。

 呪文もしばらく使えない。

 つまり、戦えない。

 

 いや、それよりも。

 戦闘から逃げた自分を、パパスはどう思うだろうか。

 

 不意に涙が溢れそうになり、アランは首を振った。

 憧れの父なら、こんなときどうするだろう。

 答えが降ってくるわけがないと思いつつ、アランは天井を見つめた。

 

 ふと、アランの身体が緊張で固まる。甲高い声がすぐ近くで聞こえたのだ。

 暗がりで気づかなかったが、小さな影が水辺に潜んでいた。飛び跳ねる姿には見覚えがある。

 

「スライム……!」

 

 アランは唾を飲み込んだ。血の味は、まだ消えていなかった。

 

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