【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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ラインハットへの帰還編
120.懐かしいアルカパ


 

 馬車に揺られ、馬車で寝起きする。

 そんな生活にもだいぶ慣れてきたが、やはり柔らかな寝台というものには憧れる。これから向かう場所が、この近辺ではかなり大きな宿屋であることを考えると心も躍る。

 

 元気にしているかな、ビアンカ。

 

 朝霧がうっすらと立ちこめる沢で顔を洗い、振り返る。野営地と木立の先に街の姿が見えていた。

 ふと横を見ると、仲間たちが戯れていた。

 

「うわー、高い高い!」

「キキィッ!」

「こらぁ、ドラきち! スラリン落としたりしたら許さないからね!」

 

 ドラキーに支えられて宙に浮かんだスラリンがはしゃぎ、それをメタリンが地上からハラハラしながら見上げている。騒がしくも微笑ましい様子だった。

 ここに来るまでの道中で、ドラキーのドラきちが新たに仲間に加わり、さらに賑やかになった。スラリンとは馬が合うらしく、彼とスラリン、そしてメタリンの三匹でいつもはしゃいでいる。

 もしビアンカと再会できたら、彼らのことも話そう。話したいことはたくさんあるのだ。一日では足りないかも知れない。

 

「うん。楽しみだな」

 

 今日、ついにアルカパの街に入る。

 

 

 

「ほお」

 

 ヘンリーの第一声は、感心したのか落胆したのか何とも判断がつかないものだった。大都市ラインハットの王城で生まれ育ち、オラクルベリーの喧噪にも馴染んでいた彼にしてみれば、こうした半都会的な空気は反応に困るのだろう。

 

 ちなみにスラリンたち仲間モンスターは全員馬車でお留守番である。付いて行きたがっていたブラウンには、申し訳ないと思いつつスラリンたちのお守りを頼んでいる。寡黙な彼女は文句も言わず従ってくれた。もしかしたら、アランが浮かれていることに気づいていたのかも知れない。

 

 アルカパの目抜き通りは、アランの記憶よりも若干小さく感じた。この十年で自分の目線が上がったからだろう。かつて驚きを持って眺めた街の風景は、今ではその長閑な雰囲気を心地良く感じられるものとなっていた。

 見回した限り、アルカパには大きな変化はないようだ。アランはほっとした。

 

 目抜き通りを真っ直ぐ北上する。チロルと初めて出逢った池の広場や、教会、各種商店などを横目に見ながら、アランは十年ぶりのアルカパの空気を噛みしめる。

 懐かしさに目を細めるアランを気遣ってしばらく黙っていたヘンリーが、ふと声をかける。

 

「アランよ、俺たちは今、その幼馴染って奴のところに向かってんだよな」

「そうだよ。十年前に一緒に冒険した子なんだ。見えるだろ? あの大きな宿屋に住んでいるんだよ」

「へえ。立派な建物だ。……で? その幼馴染は、女か?」

「? そうだけど」

 

 声を潜める意味がわからずアランは首を傾げた。ヘンリーがばんばんと背中を叩く。

 

「やっぱりそうか! 大神殿にいたとき女には興味ないみたいな態度取ってたが、やっぱり先約があってのことなんだなあ。うんうん。お前も人の子だとわかって安心したぜ俺は。こいつめこいつめ!」

「ちょ、痛いって。ビアンカはそんなんじゃないよ」

「そうかあ?」

「そうだよ」

 

 咳払いをしながら、しかしふと考え込む。

 

 自分はもう十七歳だ。早い人間なら伴侶を持っていてもおかしくない。かつてアルカパを案内してもらったとき、あるいはレヌール城を一緒に冒険したとき、そのようなことは露ほども考えなかったが、確かにアランにとって一番身近で親しい女の子はビアンカだった。あと脳裏に浮かぶのは、ラインハットで再会したあの可憐な姉妹だろうか。

 しかし、あれからもう十年も経っている。

 

「ビアンカのことだから、きっとすごい美人になっているとは思うけど」

「ん~? ほーお。アラン君の側にはそんな将来有望な子がいたのかね?」

「あ、いや。その……とにかく、宿屋に急ごう」

 

 ヘンリーの追及を振り切り、アランは宿屋へ小走りに駆けた。

 

 懐かしい木製の大扉を開け、中に足を踏み入れる。ヘンリーから冷やかされたせいか、いつもより心臓の鼓動が激しい。落ち着けるためにそっと深呼吸をした。

 空気の匂いで、些細な違和感に気づく。

 来客の姿を見たカウンターの女性が親しげに笑いかけてきた。客を迎える営業用の笑み――ビアンカの母親ではなかった。

 

「ようこそいらっしゃいました。お二人様ですか?」

「……え? ええ。あの。すみません、ひとつ聞きたいことがあって」

 

 女性が首を傾げる。アランは思い切ってたずねた。

 

「この宿屋にビアンカという女性がいると思うのですが、ご存じないですか」

「ビアンカ?」

 

 女性は顎に手を当て、天井を見ながらしばし考え込み、やがて「ああ!」と両手を打った。

 

「ダンカンさんところの一人娘のビアンカちゃんのことですね。ええ、知ってますよ」

「そうですか。良かった……。彼女は今どこに?」

「引っ越されましたよ」

 

 さらっと告げられた言葉にアランの動きがしばし止まる。

 

「引っ……越した?」

「ええ。何年前だったかしら。私たち夫婦がここに住むのと入れ替わりに。何でもお父様、ダンカンさんのお加減がよろしくないということで、療養のために自然の豊かな別の場所に移られるんだとか。ここの引き渡しのときに一度だけお会いしたけれど、確かにあまり顔色がよくなかったから、私たちも気になっていたんですよ」

「あの、ダンカンさんたちがどちらに行かれたかは」

「さあ。行き先までは……。ただ、ひどく遠いところにあるというお話だけは伺いましたよ」

「ひどく、遠い……」

「お客様は、ダンカンさんご一家と何かご縁があるお方で?」

「あ、いや。その」

「幼馴染なんですよ。そこの一人娘のビアンカちゃんと、こいつがね。すげぇ久しぶりにアルカパまで来たから、せっかくだからぜひ挨拶していこうって話になって。はい」

 

 動揺を隠せないアランに変わりヘンリーが如才なく答える。宿屋の女性は気の毒そうに頬に手を当てた。

 

「まあ、そうだったのですか。ごめんなさいね。何のお力にもなれずに」

「いえ。ただ、ひとつだけ教えて下さい。ビアンカは、元気にしていましたか?」

 

 アランの質問に女性は満面の笑みで答えた。

 

「ええ。今でもはっきり思い出せますよ。とても快活な方で、器量も良くて、子どもたちにも慕われている優しいお姉さんでした。初対面だった私も、一目見ていい子だなと思ったくらいですから」

「だとよ。とりあえず元気そうで良かったじゃねえか。な?」

 

 ヘンリーの慰めに、アランは曖昧に頷いた。

 

 

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