【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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123.ただ、友のために

 

 アルカパで一泊した後、アランたちはラインハットへ向けて出発した。

 

 一晩いなかっただけでスラリンたちはずいぶん寂しかったらしく、馬車に帰って来るなり手荒い歓迎を受けた。特にスラリン、メタリン、ドラきちの三匹にまとわりつかれたときは、さすがのアランも音を上げそうになった。ブラウンの助力で何とか平静を取り戻したのだ。

 一行は一路、西へ向かった。かつてパパスとともに歩いた旅路を思い出して、アランは昔を懐かしむように遠くを見ていた。

 

 数日後、水の匂いとともに大きな河が見えてくる。関所は十年前と変わらず同じ場所にあった。

 スラリンたちに馬車の中へ入るよう促し、アランとヘンリーで馬車の外を固める。二人の緊張を察して、パトリシアが落ち着き鳴く首を振っていた。

 

 関所にたどり着く。中はがらんとしていた。アランたちの他に商人のひとり、馬車のひとつも見当たらない。物々しく入口を塞いだ兵士だけが視界に入った。

 背後でヘンリーが緊張した様子がわかった。親友の様子を見たアランは、できるだけさりげない風を装って兵士の横を通ろうとする。

 途端、槍の切っ先を突きつけられた。鋭い声で制止される。

 

「待て、そこのお前たち。この先はラインハット国だ。太后様の許可証を持たぬ者を通すわけにはいかん!」

「太后様? 許可証?」

「その様子だと流れの旅人のようだな。さっきも言った通り、許可証がなければここは通れん。さっさと引き返すんだ」

 

 威嚇するように槍を握り直す。だがよく見ると、兵士の表情には濃い疲労の色が浮かんでいることがわかった。

 

 そのとき、背後からするりとヘンリーが進み出てきた。兵士は彼にも槍を突きつけるが、ヘンリーは怯まない。あろうことかヘンリーは兵士の頭を拳で力一杯殴りつけた。

 

「ずいぶんと偉そうだな、トム」

「……こ、このっ。貴様、何者だ! どうして私の名前を知っている!」

「相変わらずカエルは苦手なのか? ベッドにカエルを入れておいたときが、一番傑作だったな」

 

 兵士の動きが止まった。数秒の沈黙。やがて槍の穂先がゆっくりと下がるに従い、兵士の目が大きく見開かれていく。

 

「……そ、そんな……ま、まさか……」

「そう。俺だよ、トム」

「ヘンリー王子様!」

 

 トムと呼ばれた兵士は槍を取り落とした。ヘンリーは昔のイタズラ小僧だったころを彷彿とさせる顔で笑い、トムの肩を叩いた。

 

「久しぶりだな。まさか弱虫のお前が国境の関所に配属されていたとは意外だったぜ」

「あっ、いえ……その……本当に、ヘンリー様なのですね? ま、まさか生きておられたとは……! お懐かしゅう、お懐かしゅうございます!」

 

 トムはヘンリーの手にすがりつく。

 

「思えばあの頃は楽しかった……今の我が国は……」

「よせ。何も言うな、トム。国境守備兵であるお前が国を悪く言えば、何かと問題が多いだろう」

 

 表情を引き締めヘンリーが言う。トムは頭を下げた。それから遠慮がちに顔を上げ、尋ねる。

 

「ヘンリー様……このようなことを尋ねるのは不躾かと思いますが、お聞かせください。今まで、どちらにいらっしゃったのですか? この十年、みな必死になって探していましたのに」

「すまん。皆には心配と迷惑をかけたことは十分わかってる。俺はな、そこのアランと一緒にとある場所に捕えられていたんだ。十年間、ずっとな。つい最近、ようやく脱出することできて、ここに来たというわけだ」

「なんと! それではやはり、王子を拉致監禁した()(てい)の輩がいるのですね。こうしてはいられない、すぐに陛下に報告を」

「やめろ、トム。その必要はない」

 

 ですが、とトムは渋った。ヘンリーは再び笑う。

 

「お前みたいな下っ端が、突然王城に駆け込んでも効果なんかあるもんか。そうだろ」

「うぐっ。そ、それは……」

「だから、俺が行く。直接デールの奴に会って、俺の無事を伝える。いろいろ話したいこともあるしな」

 

 しばらく考え、トムはヘンリーの言葉にうなずいた。

 

「通してくれるな? トム」

「はい。喜んで。あなたの無事を知れば皆も喜ぶでしょう。ただ」

 

 トムは表情を暗くした。

 

「今の王城は非常に警備が厳重です。かつては中に入れていた商人たちも、ほとんどが閉め出された状態。たとえヘンリー様と言えど、王城に入るのは容易ではないかと」

「そうか。わかった。その対策はまた考えよう。ありがとう、トム」

「いえ、滅相もございません。それではヘンリー様、どうかお気を付けて」

 

 深く礼をしたトムは、馬車が通れるように階段に専用の板をかぶせた。傾斜のついた地下通路への道を、アランたちは慎重に降りる。

 

 もういい? とばかりちょこっと顔を出すスラリンたちの頭を撫でながら、アランは言った。

 

「さすがだね、ヘンリー。堂々としていたよ」

「よせやい。大変なのはこれからだぜ」

 

 アランはうなずく。

 トムの様子から察するに、ラインハットの状況はかなり悪そうだ。そんな中で弟とはいえ国王に会うというのはかなり骨が折れるに違いない。

 

 ふとアランは黙り込んだ。ヘンリーが眉をひそめ、「どうした」と尋ねた。「何でもない」とアランは応える。

 確かにこれからのことは困難を極める。だがもし無事にラインハットへの帰郷が果たせたとしたら、ヘンリーはどうするのだろう。いかに冒険好きの彼とは言え、故郷を捨ててまで旅に出ようとするだろうか。

 故郷がどれほど特別か骨身に染みて理解しているアランは、ある予感を拭うことができなかった。

 

 ――ヘンリーとの旅も、もうすぐ終わりなのかもしれない。

 

「おいアラン!」

「ごめん。ちょっと考え事をしていた。急ごう。日が暮れる前にラインハットに着かないとね」

 

 アランは笑った。予感をほぼ確信に変えながら、それでもアランは笑った。

 

 頑張ろう。今はただ、友のために――。

 

 

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