【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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125.ラインハットの惨状

 

 ラインハットに入ったアランたちは、目の前に広がる光景にただただ言葉を失った。

 堅牢な防御壁であると同時に繁栄の象徴でもあった外壁門は、手入れがなされないまま雑草が蛇のように這っていた。そこから流れて来る街の空気も、どこか()えた臭いがして()せ返すほど息苦しい。

 あれほど賑わっていた目抜き通りの商店は軒並み姿を消し、人々は背を屈めて心なしか足早に歩いていた。街を巡回する兵士は金をかけた武具を身につけ、殺気立った目で街行く人々を睨みつけていた。

 

「どうなってんだ、こりゃあ……。ここは本当にラインハット、なのか」

 

 ヘンリーが呆然とつぶやく。アランからしても、この変貌ぶりは異常だとはっきりわかる。

 当初はアルカパと同じように街の外で馬車を待たせるつもりだったが、こんな雰囲気の中で彼らを残す気になれず、一緒に行動することにした。街の空気が気にくわないのか、パトリシアはしきりに小さく嘶いていた。

 

「とりあえず、どこか休めるところを探そう。信用のおける場所にパトリシアを預けなきゃ」

 

 アランは記憶を探る。かつてパパスとともにラインハットを訪れ、そこでルドマンとデボラ、フローラ姉妹に再会したときのことを思い出す。あのとき連れて行かれた宿屋なら、少しは安全だろうと考えた。せめてパトリシアと馬車を預かってもらいたい。

 ヘンリーにその旨を伝え、アランは記憶を頼りに道を進んだ。石畳の道も外壁門と同様、所々に草がのぞいている。不自然に陥没したり、隆起したりしている場所がいくつも見つかった。その上を通るたびに馬車が大きく揺れ、中でスラリンたちが驚きの声を上げていた。

 幸い、用水路はそのまま残っていたので、アランは何とか宿屋の前までたどり着くことができた。

 

 しかし――。

 

「……そんな」

 

 ここでも絶句した。

 

 あれだけの偉容を誇っていた巨大な宿屋が、見るも無惨な廃墟と化していたからだ。

 外壁は崩れ、わずかに一、二階部分の一部を残すだけとなり、ほとんどが吹きさらしの状態になっていた。黒く(すす)汚れているだけではなく、何か巨大な鎚で打ち壊したかのような不自然な崩壊の跡も残っていた。

 嫌な光景が蘇る。サンタローズの村、その宿屋兼酒場も、似たような状況だった。

 

 ふと、崩れた宿屋の入り口に二人の人物が座っていることに気づいた。十二、三歳ほどの少女と、その弟らしい少年の二人組だ。彼女らはみすぼらしい衣服を着て膝を抱え、じっと地面に置いた木のコップを見つめていた。

 アランが近づくと、少女が顔を上げた。ひどく痩せている。もともとはとても愛らしい顔だったはずなのに、今は深い疲労と苦痛と絶望の影しかない。

 

「お願いします。旅のお方」

 

 か細い声で少女は言った。かさかさの唇が必死に言葉を紡ぐ。

 

「どうかおめぐみを。もう何日も満足に食べていないのです。十ゴールド、いえ、五ゴールドでも結構です。せめて、私の弟の分だけでも」

 

 その悲痛な訴えにアランは唇を強く噛みしめた。懐を探り、コップに溢れるほどゴールドを積んだ。それでも五十ゴールドにも満たないだろう。

 少女は目を大きく見開いた。

 

「こんなに……! ありがとうございます。ありがとうございます! これでしばらくは生きられます!」

「それじゃ駄目だ!」

 

 アランは強い口調で言う。感情を露わにした彼に、少女は戸惑いながらも怯えた表情を浮かべた。きっと怒られる、お金も取り上げられてしまう――そんな気持ちが伝わってきた。

 

 ――それは、アランの苦い記憶を呼び起こす表情だった。

 大神殿、奴隷として酷使されていた人々の多くはいつも何かに怯えていた。わずかな食料、わずかな水にすがりつき、まるで天の恵みのように感謝し、そしてすぐに深い絶望へと戻っていく。アランは何度もそういった人々を励まし助けてきた。

 奴隷生活は、もう終わったはずなのに。

 絶望する人々がラインハットに存在するのだと思うと、身を掻きむしりたくなるような苦しみに苛まれる。

 

「アラン」

 

 親友の声でアランは我に返った。

 

「どうせここは廃墟になってんだ。雨露が凌げるところにパトリシアを寄せて一休みさせてもらおうぜ。この嬢ちゃんと坊主も一緒によ」

「わ、私たち、も?」

 

 怯える姉の姿に感化され、弟の少年が姉の腕にすがりついた。

 アランは彼女らに視線を合わせると、ゆっくりと言った。

 

「僕の名前はアラン。君たちは?」

「え……っと、ジュディ、といいます」

「……カイル」

「ジュディとカイル、だね。良い名前だ。僕たちは見ての通り、旅をしているんだ。休める場所を探しているんだけど、君たちの住処にちょっとお邪魔させてもらっていいかな」

 

 住処、と言われてジュディは背後を振り返る。廃墟と化した宿屋を見て、彼女はうなずく。

 

「私たちは、勝手にここにいるだけ、ですから……本当は、いけないことなんだけど」

「ジュディはいい子だね」

 

 自然な仕草で頭を撫でる。それから隣で物欲しそうにアランを見上げていたカイルの頭も撫でる。何日も屋外で生活していた者特有の髪質を掌に感じた。

 

 それから彼女らを連れ、アランは廃墟に入った。奥に行くとまだいくらか建物の形が残っている。中庭らしき広場に出たアランは、我知らず昔を懐かしんで目を閉じた。

 パトリシアを中庭の隅で休ませ、すぐ近くにあった部屋のひとつに入る。略奪にでもあったのか調度品の類は軒並みなくなっていたが、取り敢えず風雨を凌げれば十分だ。

 

 アランたちが持ち運んでいた食料をジュディたちに分け与えると、彼女らは貪るように食べた。時折遠慮がちにこちらをうかがってきたが、アランとヘンリーが笑みを浮かべてうなずくと、安心したように食事を続ける。

 

「……思い出しちまうよな」

「うん……」

 

 腹がふくれて、ようやく笑顔を取り戻したジュディたちを見つめながら、アランとヘンリーは静かにこぼした。

 

 

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