【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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128.ふたつの出逢い

 

「僕の、ですか?」

 

 言われてアランはチェーンクロスを差し出した。背中の天空の剣については敢えて触れないでおいた。

 老人はチェーンクロスを受け取ると、それを眺め始めた。それからおもむろに柄を握り、何気ない仕草で腕をしならせた。

 

 ――空気を切り裂き、チェーンクロスの先端が対面にあった板を粉砕する。

 

 音にびっくりしたヘンリーとジュディが飛んできた。アランから事情を聞き、唖然として老人を見る。

 

「マジかよ。とても爺さんの仕業とは思えねえ。(バケ)(モン)みたいな腕だぜ」

「こらヘンリー」

 

 親友の失礼な言葉にも、老人は無言のままだった。思い出したようにジュディが言う。

 

「そういえばお爺さん、昔はとっても強い戦士だったみたいなんです」

「ほえぇ……ホントかよ。まあ、あれを見せつけられたらなあ」

 

 しみじみと呟くヘンリーを余所に、老人は再びチェーンクロスを眺める。一方で、彼は先程まで持っていた剣をアランに差し出してきた。

 

「抜け」

「え?」

「見合いだ」

 

 老人の言葉に戸惑いつつ、アランは剣を受け取る。これまでの武器と違い、明らかに重量感が違った。柄をしっかりと握り、引く。小さく音を鳴らして刀身が鞘から抜け出る。恐ろしく滑らかな動きだった。

 完全に露わになった剣は、それ自体が輝きを宿しているように感じた。気のせいか、埃が刀身を避けているようにも見えた。

 軽く振ってみた。肩にかかる重さがどこか心地良い。空気を上から下へ撫でただけなのに、薄紙を一直線に裂く幻を見た。

 

「いいですね。この剣。何と言う武器なのですか?」

「特に銘などない」

 

 老人は立ち上がり、チェーンクロスを持ったまま部屋の奥へと引っ込んだ。アランは慌てて声をかける。

 

「お爺さん、それは僕の武器で……」

「良き汗を流した子だ。俺が引き取る」

「ちょ――!」

「代わりにその娘をやる。持っていけ」

 

 娘? とアランは剣を見る。どうやら老人はアランの持っていたチェーンクロスとこの剣を交換しようと言っているらしい。

 

「そんな、できませんよ。お金も払っていないのだし」

「そのじゃじゃ馬は滅多なことで人に良い顔はせん。娘が選んだのなら、俺はそのとおりにするだけだ」

「はあ……」

 

 何と言葉を返していいのかわからずにいるアランにヘンリーが耳打ちした。

 

「もらっとけよアラン。これ、『鋼の剣』だろ? 市場価格じゃ、チェーンクロスの倍くらいもする高級品だ」

「だけどさ」

「武器を子ども呼ばわりするのはちょい怪しいが、さっきの腕といい、只者じゃない。ま、ここはあの爺さんの言う通りにするのがいいぜ。きっと」

 

 そういうものだろうかとアランは嘆息した。

 剣は確かに業物だ。表に出回っている武器とは作りが違うのかもしれない。アランは剣を鞘に収め、腰に提げた。

 

「爺さんよ。俺には何かないのか?」

 

 ヘンリーが声をかけるが、老人はもはやこちらを振り向きもしなかった。鍛冶場に戻り、チェーンクロスを磨く作業に没頭し始める。「ちえっ」とヘンリーは舌打ちした。

 

 それから老人に礼を言い、アランたちは外に出た。ジュディに頼んで街を一通り見せてもらう。閑散とした人通り、壊れたまま放置された建物、物々しい塀に囲まれた教会、鋭い視線を飛ばしてくる幾人もの巡回兵――巨大な街の一角を歩いただけでアランたちは心身共に疲れてしまった。

 

 そんなときである。

 ふと、一本の路地の前でアランの足が止まった。一見すると何の変哲もない小さな裏路地だが、アランには見覚えがあった。

 

「アランお兄さん、ここがどうかしたんですか? 特に、何もないと思いますが」

 

 不思議そうにジュディが見上げてくる。アランは微笑んで首を振った。それから改めて路地を見つめる。

 

 思い出した。十年前、フローラ、デボラと一緒にモンスターと対峙したあの場所だ。

 麻袋を抱えたスライムナイトの姿が脳裏に浮かぶ。他のモンスターとは少し異なる雰囲気を漂わせていた彼が、この街の惨状を見たとしたら何と感じるだろう。人間は愚かだと素っ気なく言い放つだろうか。

 

「アランお兄さん?」

「ごめん。ちょっと昔を思い出していただけ。さあ、そろそろ戻ろう。カイルたちが首を長くして待っているはずだよ」

 

 アランは歩き出した。

 

 しばらくして宿の廃墟が見えてくる。だがその手前で再びアランの足が止まった。

 

「アランおにい――」

「しっ!」

 

 表情を引き締める。ジュディに聞こえないよう、ヘンリーにささやいた。

 

「モンスターの気配がする。建物の中からだ」

「なに」

「殺気はないけど、この感じは間違いない。カイルたちが心配だ。僕が行ってくる」

「俺も行くぞ」

「君はジュディを見ていてくれ。もし戦いになっても巻き込まないように」

 

 ただならぬ表情の二人に顔を曇らせるジュディ。彼女の残し、アランは建物の中に入った。最短距離を駆け抜ける。中庭に出ると、そこに待機していたパトリシアの他に複数のモンスターの陰があった。反射的に剣の柄に手をかける。

 

 陰のひとつ――見覚えのある後ろ姿をしたモンスターが振り返る。

 全身を甲冑で覆っている。使い古しているせいか刀身の輝きがくすんでしまった長剣を右手に握り、左腕は肩からごっそり無くなっていて、代わりに大きな盾を(たい)(そく)に密着させるように装着していた。色違いの大きなスライムの上に、まるで騎士よろしくまたがっている。

 絶句するアランに、そのモンスターは滑らかな仕草で近づいた。そして――。

 

「また逢いましたね、人の子よ。いえ、もう幼子ではありませんか」

 

 記憶通りの静かな口調でモンスター――隻腕のスライムナイトは言った。

 

 

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