【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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146.魔物と鋼の気配

 

「あれが、アランさんのお父様……。では、隣にいた女性は」

「おそらく、あいつの母親だろう」

 

 庭の中央で周囲を見回しながらヘンリーは言った。アランは先ほどからずっと頭上に視線を向けている。まるで父と母の影をもう一度その目で捉えようとするかのように。

 

「神の塔が見せた幻、か。パパス殿はともかく、あいつの母上は俺も初めて見たが……それにしても、神の塔もなかなか残酷なことをするもんだぜ」

「そう、ですね。確かアランさんのお父上は、もう……」

 

 二人してうつむく。

 ふと、マリアが顔を上げた。

 

「そういえば、聞いたことがあります」

 

 顎に手を当て、記憶をよみがえらせるように一語、一語丁寧に言葉をつなげる。

 

「神の塔は、かつて、尊き魂の流れ着く場所と呼ばれていたそうです。過去の偉人、聖人たちの記憶が、時折塔の中で像を結ぶ……そんな彼らが塔の中で逝き場を見失わないように、神は正しき道を指し示す鏡をお創りになった、と。修道院の書庫で目にした記録ですが……」

 

 マリアは胸に手を当て、アランを見た。それから彼女はおもむろにひざまずき、祈りの言葉を捧げた。

 

「どうか彼の者の魂が、安らかならんことを」

「マリア……」

「私にはこのくらいしかできませんから。アランさん、その……どうかお気を落とさないでくださいね」

「ありがとう。僕は大丈夫」

 

 アランはヘンリーとマリアに微笑みかけた。スラリンやドラきち、クックルが心配してすり寄ってくるが、彼は笑顔のまま仲間の背を撫でた。

 

 それから一行は馬車を中庭に置いて、神の塔の本格的な探索に乗り出した。パトリシアを残して進むのは気が引けたが、「この中庭は聖なる気が満ちる場所、周囲のモンスターも近づけないはず」というマリアとピエールの進言を受け入れ、敢えて馬車に護衛を置かず全員で塔の内部を進むことにした。

 一階部分は特にこれといったものもなく、邪気もさほど感じなかったが、上階に上がっていくと次第にモンスターの気配も濃くなっていった。

 

「まったく、神の塔って言うわりにはモンスターが大勢いるじゃねえか」

 

 何度目かの戦闘を経てヘンリーがぼやく。それに対し、周囲を警戒していたピエールが応える。

 

「長い時間を経て、神気が濃く残っている場所はごく一部になったのでしょう。邪気も感じられます。ただ、ここが特異な場所というのは変わらないですね。神の塔周辺とは明らかに姿の違うモンスターが多く棲息しています」

「とにかく先に進もう。速く攻略すればそれだけ危険も減る」

 

 アランが進んで先頭を歩き出した。

 

 さらに上へ上へと進む。

 塔の内部は建物の外周に沿って各部屋が作られ、中央部分は全て吹き抜けという構造になっていた。手すりも何もない巨大な渡り廊下を歩く際は一行も肝を冷やした。

 

「こりゃあ、落ちたら助からねえな」

 

 こわごわとヘンリーがつぶやき、隣でマリアが「怖いことを言わないでください」と身をすくめた。

 何とか廊下を渡りきり、再び上へと続く階段を上り始めたときである。ピエールが何かの気配を察した。

 

「アラン。お気を付けて。この先に何者かいます」

「モンスターとは違う?」

「いえ、魔物には違いないでしょう。ですが、この気はただの雑魚とは少々違うようです。何か、私に近いものを感じます」

 

 眉をひそめる。一行の中で随一の実力者である彼の言葉は無視できない。マリアを守りつつ、さらに慎重に歩を進める。

 

 上階が近づくにつれ、剣戟の音が聞こえてきた。鬨の声は聞こえず、不気味な沈黙の中での争い。その激しさは姿を見なくても想像ができるほどだった。

 どうやら、複数のモンスターが互いに激しく争っているようだ。気配を殺し、聞き耳を立てていると、次第に剣戟の音が少なくなってきた。それに伴い、固い金属が地面を打ち付ける音が耳に届くようになる。

 

「これは甲冑の音?」

「そうですか。ここは彼らの住処となっていたのですね」

 

 ピエールがうなずく。

 

「アラン。気を引き締めてください。他の者たちも。この先に待ち受けているのは『さまようよろい』です。闇に落ちた騎士たちの魂が憑依した、命ある鎧。強敵です」

「わかった。皆、これから補助呪文をかける。集まって。スラリン、手伝って」

「うん、わかったよ。アラン」

 

 守備力上昇効果を持つスカラ、スクルトをかけるため、アランとスラリンは精神を集中する。

 ヘンリーがつぶやく。

 

「しかし、だとしたらさっきの剣の音はどういう意味があったんだろう。まるで同士討ちをしているみたいだったが」

「彼らの矜持は私の知るところではありません。私はただ、我が主の行く手を遮る者を退けるのみ」

 

 ピエールが言う。その手には抜き放たれた剣がすでに握られている。

 

 やがて準備の整ったアランたちは、意を決して階段を一気に駆け上った。できるなら先制攻撃を――そのための突撃である。

 しかし、上階に出たアランたちの足は見事に止まってしまう。

 

「これは」

 

 アランが呻く。

 

 そこに広がっていたのは、無惨にひしゃげたおびただしい数の鎧の残骸と、その直中に佇む甲冑を身に纏った一人の騎士であった。

 甲冑の騎士――『さまようよろい』が、兜だけの空虚な瞳をこちらに向けた。

 

 

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