【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
無事、鏡を手に入れた一行は神の塔を降り始めた。
鏡を布でくるんで大事に抱えたアランを、ヘンリーとマリアが労う。特にマリアはしきりにアランを讃え、彼を恐縮させていた。
主を驚きの目で見ていたのは仲間モンスターたちも同様だ。彼らは皆それぞれの思いで主の後ろ姿を見つめた。そして人間には理解できない、彼らだけの言葉で談笑を交わす。
例えば、こんな風に――。
「やっぱりアランはすごいね」
ぴょんぴょんと跳ねるように歩きながらスラリンが言った。彼と仲の良いドラきちが頭上を旋回する。
『おいら、最初はドキドキだったけどなっ』
「そうだねー。落ちたらどうしようかと思った!」
『僕の出番がなくて良かった』
コドランが胸をなで下ろすと、メタリンが呆れた。
「あんたたち、相変わらず暢気ね。こっちは生きた心地がしなかったってのに」
『あら。あなたも誰かの心配をすることがあるのね』
クックルがからかうようにこつこつとメタリンの頭をこづく。彼女はむっとしてクックルのくちばしを払いのけた。
「べ、別にそんなのじゃないわよ! ただ、アランの奴が簡単に落ちちゃったら、あたしたちこれからどうしたらいいかわかんなくなるじゃない。スラリンたちを路頭に迷わせるわけにはいかないもの」
『あらあら。ま、いいわ。わたくしはアラン様なら大丈夫と思っていたけれどね。それにマリアお嬢様が無茶をされなかったから、ほっとしたわ』
「あんたは相変わらずあの女びいきなのね」
『あの方は素敵よ。とても美しいし、わたくしを優しくなでてくれるもの』
「ふーん。じゃ、いつも隣にべったりのヘンリーがジャマなんじゃないの? あんた。いっそぶっ飛ばしちゃえば?」
『わたくしは淑女だからそんな野蛮な考えは持ちません』
きっぱりとクックルは言う。
賑やかな仲間をよそに、騎士ふたりは一行の最後尾を黙々と歩いている。
「これで終わりというわけではありませんね」
ピエールのつぶやきに、サイモンが重々しくうなずく。そして人間には聞こえない『声』で反応を返した。
『初めてお逢いしたときから型破りな方だと思っていたけれど、これほどとは思わなかった。あの方はいつもこうなのだろうか、ピエール殿?』
――もしその声をヘンリーが耳にすることができていれば、凛々しく落ち着いた女騎士の姿を思い浮かべて驚いていたことだろう。
ピエールは首肯する。
「然り。サイモン、貴女こそ、アランのそのような気性を見抜いたからこそ、戦わずして我らが陣営に加わろうと思ったのではないですか?」
『そうだな。あの方なら私たちの願いを聞き届けてくれる。そう直感したのは確か。もっとも』
サイモンはちらりと背後を見る。
『あの子はなかなか打ち解けられずにいるけれど』
あの子――サイモンの側でふよふよと頼りなげに浮いているホイミンは、まだ不安そうな目をしていた。
『ね、姉さん。本当に鏡を取っちゃったけれど、大丈夫、なのかな……?』
『むしろ大変なのはこれからよ、ホイミン。これから
サイモンは言う。彼女はアランのことを『主様』と呼ぶようにしていた。
『ぼ、ぼく……あんまり戦い、自信ないよ……』
『安心なさい。もう貴方を守る者は、私ひとりだけではないのだから』
「ええ。そうです」
サイモンの言葉にピエールがうなずく。さらにその隣にいたブラウンもまた、うなずきのかわりに自らの武器を勢いよく立てた。励まし半分、呆れ半分に彼女は言った。
「あの騒がしい連中より、君はまし」
『あ、ありがとう』
「それにしてもホイミン、サイモン。貴女がたはなぜ、神の塔のモンスターたちから目の敵にされていたのですか」
『一言で言えば、異質だったから』
サイモンは語った。
神気の漂うこの塔では、時折サイモンやホイミンのように邪気をあまり持たないモンスターが生まれるという。彼らは往々にして、神の塔から強い力を得ることができた。
サイモンたちのようなモンスターを放置すれば自分たちの縄張りどころか、存在自体が危うくなる――そんな危機感をここに棲む多くのモンスターは抱いていた。
幸い、と言うべきか、力を得たモンスターが生まれる数は非常に限られていたから、邪気を持つモンスターは己の数を頼りに、サイモンたちを幾度となく襲っていた。それが長らく悪習として根付いていたのだ。
ほぼ同じ時期に偶然生まれたサイモンとホイミンは、邪気のない者同士、人間で言うところの姉弟のような関係でずっと暮らしてきた。だが付近に棲むモンスターたちは力の強いサイモンを襲わず、もっぱら気弱で戦闘も不得意なホイミンを執拗に狙い続けた。そのことに我慢ならなくなったサイモンは、ついに反撃したのだ。
それがあの場面だったというわけだ。
『このままここにいれば必ず同じ事が起こる。だから私は主様に感謝している。私たちを塔の外に導いてくれただけじゃなくて、居場所まで与えてくれたのだから』
「貴女なら、その剣で十分に恩返しが可能でしょう。サイモン。もちろんホイミン、貴方も」
ピエールに視線を向けられ、ホイミンは空中で照れた。それを見たサイモンは言う。
『ついでにこの子の性格も、もう少し明るくなればいいのだけれど。目下、私の心配事はそれね』
兜だけで表情はわからないものの、サイモンは微笑みの感情を滲ませるのであった。