【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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150.なくしていたもの

 

 それから一行は、無事に神の塔の入口にたどり着いた。

 一階に残していたパトリシアも無事で、アランたちを見るなり「遅い」とばかりいなないた。彼の頭を撫でながら、アランは中庭を見回す。その横顔にわずかな寂しさがよぎったことにヘンリーもマリアも気づいていたが、彼らは敢えて何も言わなかった。

 

「それじゃ、戻ろうか。まずはマリアを修道院へ送り届けなきゃ」

「あの、私もラインハットへ同行させていただくことは……」

 

 遠慮がちなマリアの提案を、ヘンリーはやんわりと断った。彼の心情を察し、マリアはそれ以上何も言わなかった。

 

 外に出ると、すでに周囲は夕闇に包まれていた。海から吹き付ける風が肌に堪える。アランはヘンリーに言った。

 

「君はマリアと一緒に馬車の中にいなよ」

「周囲の警戒はどうすんだよ」

「それは僕らがやる。この先、一番大変なのは君だ。大事な人と話せるときに、いろいろ話した方がいいよ。たとえそれが他愛のない世間話でも」

 

 一生会えなくなった後で後悔しても遅いから――そうアランがつぶやくと、ヘンリーは口をつぐんだ。

 それからヘンリーはマリアに笑みを向けた。

 

「うし、マリア! せっかくだ、これまでの冒険についていろいろ話してやるよ」

「ヘンリーさん?」

「これまで何だかんだで気が張ってただろ? マリアの仕事は一段落したことだし、話したいことはまだまだ山ほどあるんだぜ。ほら、馬車の中に入った入った。ここは冷える」

 

 努めて明るく振る舞いながらヘンリーはマリアを馬車の中へさそった。

 彼らの後ろ姿を見たクックルが落ち着きなくくちばしを振る。

 

「クルルル!」

「まあ、クックルの心配もわかるわね。仕方ない、あたしらが奴を監視しなきゃ。ほらスラリン、行くわよ」

「わーい。またマリアに抱っこしてもらえるよ!」

 

 クックルやスラリンたちも中に入る。すぐに楽しげな笑い声が聞こえてきた。アランは微笑みながら荷物の中身を整理し始める。仲間が一気に増えたことで、いろいろと考えなければならないことも増えそうだ。

 

 ピエールが側に寄ってくる。

 

「あなたはなかなか難儀なご性格をされているようです」

「奴隷時代にも言われたよ。そんなに変かな?」

 

 スライムナイトの言葉にアランは苦笑を浮かべた。ピエールはただ首を横に振り、「そんな貴方だからこそ、我らは忠誠を誓っているのです」と言った。

 ピエールの隣にサイモンが立ち、アランに対して騎士の礼を取った。

 

「彼女、サイモンも貴方に敬意を表すると申しています」

「ありがとう」

 

 アランは言った。空を見上げる。すでに一部は闇の色を纏い、星が瞬き始めていた。幼少の頃、父と一緒に旅をしていたときには気がつかなかった充足感が胸に溢れる。

 仲間がいること、ともに道を歩む者がいることは、こんなにも頼もしく、幸福なことなのだ。きっとヘンリーも、生涯の伴侶を得て大きな幸せを手にするだろう。

 

「生涯の伴侶、か」

「貴方にもきっと現れます。一生を添い遂げたいと思える運命の者が」

 

 ピエールが言い、サイモンがうなずく。一瞬だけ複雑な笑みを浮かべたアランは、すぐに表情を引き締めた。

 

「いよいよ次はラインハットだ。相手は一筋縄ではいかないだろう。力を貸してくれ」

 

 主の言葉に、二人の騎士は同時に剣を立て応えた。

 

 

 数日後。

 修道院に戻った一行は、そこでマリアと別れた。胸の前で両手を握り無事を祈るマリアをヘンリーはそっと抱きしめた。

 

「行ってくる。全てが終わったら、必ず君を迎えにくる」

「はい……どうか、ご無事で」

 

 その姿を見たアランは一足先に敷地の外で待っていようと背を向ける。そのとき、ふと外套を引かれた。振り返るとそこには女の子が立っていて、アランに何かを差し出していた。

 

「はい、お兄ちゃん。これ」

 

 一目見て、驚いた。

 

 色褪せ、ところどころに小さな傷があるものの、綺麗に清められて折りたたまれた一本のリボン。それはかつて、忘れられない冒険を共にした幼なじみの少女がくれたものだった。

 

「なくしてしまったとばかり……」

 

 アランがつぶやくと、マリアが説明した。

 

「私の兄が、他の荷物と一緒に入れてくれていたものだったのです。アランさんたちが大神殿に連れて来られたとき、残っていた荷物の一部だと。汚れていたのでこちらでお預かりしていたのですが、いつかお返ししなければと思っていたのです」

「どうぞお兄ちゃん」

 

 女の子の小さな手から、ビアンカのリボンを受け取る。繕った後がうっすらと残っていた。おそらく、マリアが手ずから直してくれたのだろう。

 はらりと手に乗った布の重さが、アランの心に染み渡る。先頭を元気よく歩きながら、時折笑顔で振り返る彼女の姿が脳裏に浮かんだ。

 

「ビアンカ……」

 

 不覚にも嗚咽が漏れそうになる。晴天を向いて涙を堪え、アランはリボンを大事に懐へしまった。それから深く頭を下げる。

 

「ありがとう、マリア」

「いえ……。アランさんにとって、大事な方からの贈り物のようですから。その方とまたお逢いできるよう、私も祈っています」

 

 マリアは微笑んだ。こちらに歩いてきたヘンリーが背中を叩く。

 

「さあ、行こうぜ親友。ラインハットに巣くう邪な奴らをぶっ飛ばしに!」

「ああ。必ず、ラインハットを元に戻すんだ」

 

 決意の表情で、一行は海辺の修道院を出発した。

 

 

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