【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
「いなくなったって、どういうことだ」
「そのままの意味」
困惑顔のヘンリーにブラウンは答える。彼女らが牢にたどり着いたとき、すでにもぬけの空になっていたらしい。牢の出入り口にこじ開けたような跡はなく、鍵で開けて外へ出たとしか考えられないということだった。
しばらくすると、空からドラきちが降りてきた。ブラウンと同じく、血相を変えている。
「キキッ、キキ!」
「『たいへんだ。太后が二人、とっくみあいのケンカのしている』」
ピエールが通訳した。ヘンリーの顔が強ばる。
「まさか義母上は、偽物と鉢合わせた……? いや、だがちょっと待ってくれ。牢の鍵はきちんと開けられていたんだろ。だったら何でそういう状況になってる」
「もしかしたらデール国王が保護しようとして、偽物に見つかったのか」
アランが眉をひそめる。
ピエールが静かに言った。
「これは偶然ではないのかもしれません」
「どうしてそう思うんだよ」
「わかりませんか?」
逆に聞き返され、ヘンリーは視線を彷徨わせた。そしてすぐに、ピエールの言わんとしていることに気づく。
「まさか。正体がばれるのを恐れた偽物が、義母上を……!」
「あり得ます。ドラきちは、デール国王がひどく混乱していると伝えています。実の息子にも看破されない、つまり、どちらが本物の大后なのか見破れる者がいないということです。敵はこれを機に一気に手を下す腹づもりなのかもしれません」
「まずい。それはまずいぜ」
「ええ。ですが、逆に考えれば好機です」
魔物の騎士は主を見つめた。すでに隣のサイモンとともに剣を抜き、戦闘態勢に入っている。
アランはうなずいた。
「本物と偽物が揃っているのなら、その場で正体を暴いて見せればよい。僕たちはそのための手段を持っている」
「その通りです」
「暢気に隠れながら進む場合じゃなくなったみたいだね」
仲間たちに向き直る。
「ヘンリー、皆。こうなったら正面突破だ。通路を塞いでいる兵士を押しのけて、一刻も早くデールのもとへ向かおう」
「わざわざ城内の通路を通るような迂遠な真似をせずとも、良い方法があります。ブラウン、サイモン」
ピエールが二匹に呼びかける。すると彼女らは意図を察し、各々の武器を構え、中庭に植えられた巨大な樹々の前で立ち止まる。ヘンリーが「おい、まさか」とつぶやいた。
その直後。
「ふんっ!」
――一撃。一閃。
ブラウンとサイモンの渾身の攻撃を受けた樹は、根本からへし折れた。ゆっくりと倒れる梢の先を見ながらピエールが前に出る。彼は剣を天に掲げ、高らかに呪文を唱えた。
「――、イオ!」
城壁を抉る爆発。
傾いだ梢の先は、ピエールの
石つぶてがぱらぱらと降り注ぎ、噴煙が胸元まで吹き上げる中、アランたちの前に何とも荒々しい生木の坂橋ができあがった。
「上階への通路ができました」
「お、お前ら。何て無茶を」
悪びれる様子もなく報告するピエールに開いた口がふさがらないヘンリー。
親友の肩を叩き、アランは駆けだしていた。
「行くよヘンリー。時間がない」
比較的大きな背嚢を背負っているにも関わらず、彼は身も軽く大木の橋を走り上がっていく。その後ろからピエールを始めとした仲間たちも続いた。
クックルがアランの肩を軽くつついた。「乗って」と言っているらしい。アランは有り難く甘えた。
「ありがとう。ヘンリー、クックルに乗っていこう」
「おうよ。クックル、少し我慢してくれよな」
「クルックゥ」
仕方ないな、とばかり彼女は鳴いた。
器用な仕草でアランとヘンリーはクックルの背に飛び乗る。途端に頬を過ぎる風が強くなった。クックルが一気に加速したのだ。
真正面にテラスが見える。そこで言い争う二人の女性と、ひどく険しい表情をうかべたデールの姿を認めた。周囲には数人の兵士と大臣しかいない。
仲間モンスターたちをひきつれたアランは、駆け抜ける勢いそのままに号令を発した。
「僕が偽太后の正体を暴く! 皆は王たちを守れ! 全員、突入!」
アランたちの突撃に気づいた兵士の一人が悲鳴を上げた。その場にいた者たちがいっせいに振り返る。
誰もが皆驚愕の表情を浮かべる中、ただひとりデールだけは満面に喜色を浮かべた。
「ヘンリー兄さん! 来てくれたんだね!」
「デール、無事か!」
クックルから飛び降りたヘンリーがデールの前に降り立つ。兄弟は互いの無事を喜び合うと、すぐに表情を引き締めた。
現国王とその義兄が並び立つ光景に、周囲の者たちがざわめきたつ。
「こ、これは一体……」
「ヘンリー……ヘンリー王子か!? なぜここに!? あの方は十年以上も前に亡くなられたはずでは」
「も、もしやこの奇っ怪な状況も奴らが……?」
「静まれ! 皆、静まるのだ!」
デールが一喝する。青年国王の澄んだ声に兵士や大臣たちの動きが止まる。
「この者たちは私の友人、信頼の置ける存在である。ここは彼らの指示に従うのだ!」
王の言葉は無視する者はいなかった。周囲の兵たちの動揺は収まっていく。デールはヘンリーに耳打ちした。
「これでいい、兄さん?」
「上出来だ」
微かに笑ってヘンリーが答える。彼の視線の先には、背嚢を片手にしたアランが立っていた。彼は険しい表情でテラスの端を見据えている。
全員の視線が、自然とアランの見つめるものに集中する。
瓜二つの外見をした、二人の太后に――。