【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
ラインハットを散策しよう――と、ヘンリーは言った。
胸の奥に確かな予感と不安を抱く。だがアランは笑顔で快諾した。
供をするというピエールたちの申出を断り、二人だけで城門を出る。
偽太后が倒され、ラインハットを覆っていた邪気が晴れたといっても、すぐに街に活気が戻るわけではない。
ヘンリーは目抜き通りを歩きながら、「ここにはこういう店があったんだよ」とか、「よくここに来たんだよな」とか、「あれは今はないのかなあ」といった話をアランに振ってくる。アランはそのひとつひとつに丁寧に相づちを打った。気さくな口調の中に、「必ず賑わいを取り戻す」という彼の決意を感じ取ったからだ。
二人はさらに路地の奥に入る。すでに太陽は天頂を越えているためか、裏路地には濃い影が差しこんでいた。ヘンリーと並んで歩く。いつの間にかヘンリーは口を閉ざしていた。
「そういえばさ」
アランが声をかけるとヘンリーが顔を上げる。
「この先に、教会ってなかったかな」
「よく知ってるな」
「うん。話したかな。子どもの頃、父さんに連れられてラインハットに来たときに、その教会に勉強に来た女の子たちと逢ったんだ。とても可愛い子でね。前にも一度逢ったことがあって、お互いすごくびっくりした」
「おいおいアラン。お前、アルカパの美人幼馴染だけじゃなくて、他にも女の知り合いがいたのかよ。なんだ、ちゃんと上手くやってんじゃねえか」
「言うと思った。けどそういうんじゃないよ。ただ」
ヘンリーの肩を軽く叩く。
「僕にとってもラインハットはいろんな思い出が詰まった大切な場所。それが言いたかった」
ヘンリーは目を見開いた。それからしばらく空を見上げ、「そっか」とつぶやいた。
二人は廃墟となった宿屋に向かった。ジュディとカイルの姉弟に出会った、あの場所だ。
正面玄関を見ても彼女らの姿はない。寝床を変えたのかなとアランが思っていると、背後で彼らを呼ぶ声がした。
「アランお兄さん。ヘンリーお兄さん。わあ、戻ってきたんですね!」
「おにーちゃーん」
「ジュディ。カイル」
食べ物が入った麻袋を抱え、ジュディとカイルが連れだって歩いてくる。その身なりは以前見た時よりも綺麗になっていた。
「武器屋のお爺さんが私たちを引き取ってくれたんです」
服装のことを尋ねたアランに、ジュディはそう答えた。その表情は溢れんばかりの生気と喜びに満ちていた。アランとヘンリーは視線を交わし、微笑みあった。
ヘンリーはカイルの頭を乱暴に撫でた。
「約束、ちゃーんと守ったみたいだな」
「うん。ぼく、お姉ちゃんまもったよ」
「そっか。偉いぜ。俺もな、約束が守れたからお前に言いに来たんだよ」
首を傾げるカイル。ヘンリーは笑った。
アランの隣に立ったジュディが言う。
「何だかヘンリーお兄さん、雰囲気が少し変わりましたね。何かあったんですか」
「約束を守ったから、かな」
「確か、偽太后をぶっ飛ばして、この国を良くするって――ま、まさか」
「ラインハットを蝕む邪気は消えた。だから変わるよ。彼がいれば」
アランは静かに言う。
彼がいれば――その言葉の意味が胸にのしかかってくる。
アランの様子に気付き、ジュディは心配そうに服の裾を握った。
ジュディたちに別れを告げ、アランとヘンリーは城に戻った。すでにデールから何かしらの通達があったらしく、城内を歩く
ヘンリーの口数はまた減っていた。城内を迷うことなく進んで行く。どこかに連れていこうとしていると悟り、アランもまた黙って後に続く。
城の大通りとも言える通路から外れると、使用人たちが使うような細い通用路を抜け、さらにいくつかの小部屋を抜けて、とにかく上へ上へと進んでいく。
やがて、一枚の頑丈な小扉の前にたどり着いた。錠が付いていたが、今は壊れてその用を為していない。
「へへ。十年前と変わらないでやんの」
ヘンリーが扉を開ける。
その先には、ラインハットの全てが広がっていた。
巨大な街がその外縁まで見える。目抜き通りが街を貫き、遙か先の草原に続いていく様子まではっきりと視界に捉えることができる。峻厳な山々が街を守る盾となって広がり、街に寄り添う大河は雄々しく流れている。風が肌に心地良い。傾きかけた陽光が街全体に複雑な陰影を作っていた。
「ここは昔、見張りに使われていた小テラスなんだ。ラインハットで最も高いところにある。俺のとっておきの場所さ」
「これは、すごいね。本当に」
「ここに誰かと一緒に来るのは初めてなんだ。感謝しろよ」
感嘆しきりのアランに、ヘンリーが照れて言う。
「なあ、アラン」
「なんだい」
「その」
口ごもり、うつむく。風に煽られ、彼の前髪が揺れた。
「デールってさ、ああ見えて結構抜けたところがあるんだ。大事に育てられたせいかな。逆境に弱いっつーか。その点、俺はいつも叱られてたし、奴隷生活だって経験したし。いや、だからと言って俺にできることなんてどれだけのもんだよって気もするしよ。それと比べりゃ、アランとつるんであっちこっち世界を旅する方が性に合ってるんだよなあ。どう思うよ、アランは」
「違うだろ、ヘンリー」
「え?」
「君はもう、自分で答えを見つけてる。それなのに自分に言い訳するのは君らしくない」
アランは手すりに肘を立て、微笑んだ。
「言っちゃいなよ」
「はは。まいったな」
頭を掻き、ヘンリーは苦笑した。
それから彼はしばらく夕焼けの空と街を見つめていたが、やおら叫んだ。
「俺は帰ってきた! やることができた! 俺はこの国で生きていく!」
アランを振り返る。
「だから、ここでお別れだ。アラン」
「うん」
「何だ何だ。言えって迫ったのはお前だぜ。そんな泣きそうな顔すんなよ」
「ヘンリー、君だって」
「これは西日が目に入っただけだ。問題ナシ」
互いの顔を見て吹き出す。腹の底から笑い合った。笑い続けた。いい加減疲れて声も細くなったときに、再び互いの顔を見た。
「世話になったな、アラン」
「僕の方こそ。それに、これが今生の別れってわけじゃないさ。ラインハットでいつでも逢える」
「ああ。そうだ。そんときにゃ、もうちょいマシになったラインハットを見せてやるよ」
「期待してる」
「おう。お前も、必ずパパス殿のご遺志を果たすんだぜ」
ヘンリーが拳を突き出した。アランも微笑み、拳を合わせる。それで十分とばかり、二人は声を揃えた。
「頑張れ、親友」