【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
159.ビスタの港
草原に吹く風に、潮の匂いが混ざっている。
コドランが空を飛びながら鼻を動かし、一声鳴いて、目的地が近いことを報せる。
やがてアランの目にも、こぢんまりとした港が映った。ビスタの港だ。
「何年ぶりだろう。あの港に入るのは」
天空の剣を包んだ細袋を背負い直し、アランはつぶやいた。
そのまましばらく立ち止まる。傍らにいたサイモンが首を傾げているのに気付き、アランは小さく微笑む。
――こういうときに相づちを返してくれた親友は、もう隣にいない。
ラインハットを出発して数日。ヘンリーと別れた事実が実感として胸に染みてくる。寂しい。けれどこれが正しい、あるべき姿――そう思うと、まるで暖炉の側で安らかに眠る赤子を外から眺めるような、温かくも切ない気持ちになる。
道中、仲間モンスターたちはいつも以上に騒がしかった。主の心情を察してのことだろう。彼らの心遣いを無駄にしないよう、アランはできるだけ笑顔を崩さないように心がけていた。良い仲間に恵まれたと心から思った。
パトリシアがゆったりと歩を進める。アランたちはビスタの港へと入った。木橋の先に家屋兼船着き場がある。十年前の記憶と変わらない、和やかで平和な時を感じる簡素な佇まいだ。
デール王が用意させたという船は、すぐにわかった。
小さな港には不釣り合いな巨大遠洋航海船が停泊している。汚れも傷も少なく真新しい姿ながら、堂々とした風格を感じさせた。畳んだ帆を懐に抱いた数本のマストが、空に向かって雄々しく立っている。
馬車を止め、アランはひとりで家屋に向かう。家の扉が開いて三人の人物が姿を現した。アランの姿を認め、顔をほころばせる。
「ああ、来なさったね。ようこそ、ビスタの港へ。ご覧の通り、船はいつでも出発できる状態だよ。久々に大仕事をさせてもらった」
「アランです。申し訳ありませんでした。僕たちのために」
「いやなに。気にすることはない。海と船を愛する者としては当然さ」
港の管理人である老人は、年齢を感じさせない口調で言った。
「あの小さかった坊やがこんなに立派になって帰ってきたんだ。ワシは嬉しいよ」
「覚えていてくれたんですか」
「ああ、もちろんさ。パパスとはワシも親しくさせてもらってたからね。お前さん、親父さんに雰囲気が似てきたよ。ま、お前さんの方が『色気』があるかな。その辺はきっと、母親譲りなんだろう。きっと美人な母さんだったんだろうなあ」
「こら、あんた。お客様に向かってなんて口をきいてるんだい」
隣に立つ老婆が叱りつけた。アランに頭を下げる。
「ごめんなさいね、アランさん。久しぶりのお客様が知り合いだったから、この人浮かれちゃって」
「いえ。僕も逢えて嬉しかったですから。ところで、それは?」
アランが指差したのは、老婆の肩に丸まった一匹のリスだった。よく見ると、リスは老人の胸元にもいる。老婆は顔をほころばせた。
「ああ、この子たちかい。もう十年くらいになるかね、あたしら夫婦の家に棲みついちゃって。この子らで三代目なんですよ。賑やかになって、あたしも夫もずいぶん支えられてます。そういえば、アランさんたちがこの港に来てからだったかしら。先代がやってきたのは。当時はずいぶん人に馴れたリスだなって思ったんですよ」
「そうなんですか」
アランはリスを見た。大きな目が不思議そうに見返す。
アランの脳裏に、幼少期の記憶が蘇った。
「まさか十年経っても恩返しをしてくれるなんて、ね」
「どうかしたかい」
「いえ、何でもありません」
首を振る。
それまで黙っていた三人目の男が前に進み出てくる。頑強な体付きだ。
「君がアラン君かい。私はモーリエ。我らがラインハットの最新鋭船『セント・パルトネール号』の船長を務めている」
モーリエは握手を求めてきた。いかにも海の男という厚みが彼の手にはあった。
「君がラインハットを救ったという話は聞いている。救国の英雄を乗せることができて、私は誇りに思うよ」
「僕だけの力ではありません。それにラインハットはこれからが始まりですから」
「なるほど。聡明なデール陛下が無理を通してでも船を用意させた理由が分かった気がするよ。この船はもう君のものだ。自由に使って欲しい」
「ありがとうございます。でも、僕らが陸で旅している間は」
「はっはっは。我らは何も、船に乗るだけが仕事ではないからな。気遣いは無用だよ。君みたいな船主はむしろどんと構えていた方がいいね」
モーリエは片目を瞑って見せた。その仕草がどことなくヘンリーに似ていて、アランは思わず吹き出してしまった。
それからビスタの老人たちに礼を言い、アランたちはモーリエとともに船へ乗り込んだ。潮風が吹き抜け、同時に巨大な帆がいっせいに開く。
舵の前に立ったモーリエが力強く号令をかけた。
「目的地は南西、ポートセルミの港だ。セント・パルトネール号、出港!」