【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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164.クラリスの踊り

 

 ポートセルミに夜が来る。

 ホイミンに遠慮がちに起こされ、アランは目を覚ます。部屋の中は暗くなり、四隅に置かれた燭台が落ち着いた橙色に光っている。

 アランは思い出した。

 

「そうか。一度部屋に戻って休んでたら、そのまま寝入ってしまったんだ」

 

 どうやら知らず知らずのうちに疲労が溜まっていたらしい。

 夜に用事ができたと仲間たちに話していたから、起こしてくれたのだろう。

 

 大丈夫、と顔色をうかがってくるホイミンに、アランは微笑む。部屋の中には他にコドランだけが残っている。

 

「他の皆は灯台かな。行ってみたいと言っていたし」

 

 ホイミンがうなずく。宿に入ったとき、部屋から見える白く大きな建物に仲間たちは興味を示していたのだ。

 ピエールとサイモンも残っていたのだが、ついさきほど近辺の見回りに出かけたそうだ。二人らしいと思った。

 

 ホイミンとコドランに留守番を頼み、アランは部屋を出た。勇者の装備について知っているという人物に逢いに行くためである。

 部屋を出てすぐ、アランは宿の雰囲気が昼間と違うことに気づいた。吹き抜けになった二階から階下を見下ろす。華やかな音楽と熱気、そして大きな歓声が打ち寄せてきた。

 中央ステージに向かって四隅から灯りが照らされている。そこでは見目麗しい女性たちが深紅のドレスをまとって踊っていた。

 最前列で踊る一人にアランの目は釘付けになる。

 緩やかに波打つ飴色の髪に、通った鼻筋、躍動感溢れる踊りで引き立てられる豊かな肢体、玉の汗が灯りに照らされ宝石のように舞っては落ちるその姿に、単なる娯楽以上の美しさを感じた。

 きっとあれがクラリスさんだ、とアランは確信する。酒場のマスターが太鼓判を押した理由が実感できた。

 

 ゆっくりと階段を降りる。その間も踊りは激しさを増し、高らかな歌声も加わる。ホールに、観客の全てに響き渡れと叫んでいるような、情熱的に透き通った声であった。

 ――一際大きな歓声。

 クラリスたち踊り子が、踊りながら衣服の一部を脱ぎ去ったのだ。あらかじめ決められた演出らしく、深紅のドレスの下には別の衣服が身につけられていたが、アランは思わず顔を赤らめ、視線を外した。

 

 ステージを横目に酒場のマスターの元まで向かう。アランの姿を認めたマスターは口元をほころばせた。

 

「やあ、こんばんは。昼間のお客さんですね」

「はい。あの、勇者の装備について知っている方はどちらに」

 

 アランが尋ねると、マスターは申し訳なさそうな表情になって首を振った。

 

「どうやらあの方は、今日は来られていないようなのです」

「え、そうなんですか」

「すみません。クラリス嬢が出演する日は必ずと言っていいほどいらしていたのですが。今日は日が悪かったのかもしれませんね」

 

 そう言ってステージを見る。アランもつられて視線を向けた。

 偶然か、あるいは気のせいか。

 笑顔で踊っているクラリスと、目が合った気がした。

 

「いかがです、彼女らのステージは。情熱的で、素敵でしょう」

「ええ、本当に。初めて見て、びっくりしました」

 

 アランは応える。マスターは微笑んだまま、「何か飲まれますか」と尋ねてきた。目当ての人物が来ていないのならこのままステージを観るのも良いかなと、アランが注文を口にしようとしたときである。

 突然、椅子が蹴倒される音が二回、三回と響いた。

 華やかな音楽を中断させるほどの激しい騒音に続き、男のしわがれた怒声が響いた。

 

「てめぇ、もういっぺん言ってみやがれ!」

 

 アランの目付きが鋭くなる。

 

 ステージ脇の客席のひとつで四人の男たちが揉めていた。三人はいかにも荒くれ者といった風体の男で、残った一人は農夫の格好のずんぐりとした体型の男だった。荒くれ者が農夫の男を取り囲み脅しをかけている。農夫の胸には金袋が抱かれていた。

 農夫は気丈に言い返す。

 

「この金は、村の皆で貯めた大事なモンだべ。あんたらみたいな乱暴者にはやれねえ。そこを通してけれ!」

「んだと、てめぇ」

「オッサンよ、俺たちゃ親切で言ってるんだぜ。あんたの依頼、俺たちが引き受けてやるからその金寄越せ、ってな」

「いんや、信用ならね」

「この野郎。こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって」

 

 ついに男の一人が手を上げる。アランが駆け出そうとしたとき、ステージの上から凛とした声が響いた。

 

「そこのお兄さん。私の踊りでは不満ですか?」

 

 クラリスだった。激しい踊りで上がった息を整えることもせず、汗で上気した顔のまま男たちを見下ろしている。彼女の声を受けた男たちは途端に顔を綻ばせた。

 

「そんなことねぇよぉ、クラリスぅ」

 

 アランは眉をしかめる。その舐めるような声色に怖気が走ったのだ。同時に腹の中から怒りが湧いてくる。かつての記憶――奴隷時代に目の当たりにした、下劣な奴隷監視人の態度が脳裏をよぎる。

 

 わずかに表情を歪めながらも、クラリスは冷静にたしなめる。

 

「まだまだステージは続くわ。だから大人しく見ていてくださいね」

「そんな冷たいこと言うなって」

「おお、そうだ。クラリス、こっちに来て酌をしてくれよ。そしたらこのオッサン放してやるからよ」

 

 無遠慮にステージに上がってきた男たちに、さすがのクラリスも狼狽する。

 男の手がクラリスの細腕にかかろうとしたとき。

 風の刃が男の前髪を薄く刈った。

 

「そのくらいにしてはどうですか」

 

 静かな怒気を漲らせ、アランがステージに進み出た。

 

 

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