【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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165.ステージ下の称賛

 

「こ、の。てめえ、何しやがる!」

 

 前髪を震える手で押さえ、男が怒声を上げる。威勢は良いものの、突然のことに狼狽えているのか腰が引けていた。

 アランは諭す。

 

「クラリスさん、嫌がっていますよ。離れてください。それから、そこの男の人も解放してあげて」

「なにわかんねえこと言ってンだてめえ」

 

 男が腰に手をかける。提げていた剣を鞘から引き抜いた。

 

「叩っ切られたいか。あ!?」

「離れてください」

「うるせえ、文句あるならかかってこ――」

「いいから離れろと言ってるんだ!」

 

 一喝。その声量に男たちだけでなく、クラリスまでも体を震わせる。

 

 聡明な彼女はアランの意図を悟り、男たちから距離を取った。仲間の踊り子たちにも下がるよう身振りで指示したあと、男たちに言う。

 

「お客さん。そこのお兄さんの言う通りです。早々にお引き取りください」

 

 クラリスに冷たい視線を向けられた男は歯がみした。手にした剣が激しく震えている。やおら血走った目をアランに向けると、男たち三人は一斉に蛮声を上げながら飛びかかってきた。

 クラリスたち踊り子が悲鳴を上げる。「逃げて!」という声をアランは聞いた。

 

 アランは剣を抜かず、静かに構えを取る。

 男たちは声こそ大きいが、身に纏う空気はこれまで対峙してきた強敵たちとは比べものにならないほど『軽い』。怖れる必要など微塵もなかった。

 ――彼女のステージを、血で染めてはいけない。

 そう思ったアランは、あろうことか、迫り来る剣を素手で掴む。

 まるで岩でも叩いたかのような感触と音に男たちが目を剥く。

 

 アランの手は呪文の光に覆われていた。防御力強化呪文スカラ――体の一部に力を集中させることで、一時的に鋼鉄をしのぐ強度を持った彼の手は、男の剣を文字通りへし折った。ステージの灯りに照らされ輝々と舞う鉄の欠片に、男は口を真円に開け、呆けた。

 

 アランの動きは止まらない。

 空いた手で剣を砕いた男を地面に引き倒すと、鞘でもう一人の男の脛を打ち付ける。苦痛に呻いて屈み込んだ男の顎先を、鞘尻をかち上げて殴打する。

 これで二人。

 残った一人を睨み据える。男は剣を振り上げた姿勢のまま固まる。隙を見逃さず、素早く呪文を唱える。

 

「――バギ」

 

 威力を絞った風の刃が鍔を正確に打ち据え、そのまま男の手から剣を奪って二階の手すりに突き刺した。

 剣の震える音が、静まり返ったステージに余韻を残す。

 

 呆然と二階を見ている男の頬へ、アランは抜き身の剣を突きつける。

 

「まだやるかい」

 

 引きつった顔で男は尻餅をつく。辺りを見回し、さらに慌てる。

 ステージ上のクラリスを始め、観客や従業員たちが男を取り囲んで見下ろしていた。顔中に脂汗を流した男は、まるで迷子の子どものように視線を彷徨わせる。

 

「き、今日のところは勘弁してやる」

 

 上ずった声で捨て台詞を吐き、男は宿の出口へ駆け出す。

 

「待て」

 

 アランが呼び止めると、男は人形のように動きを止める。

 

「残りの二人も連れて行くんだ。君の仲間だろう」

「ち、ちくしょう!」

 

 悔しさか、怒りか、それとも羞恥か、男は顔を真っ赤にしながら叫び、大の字に伸びた男を引きずりながら宿を出て行った。

 彼らの姿が完全に見えなくなってから、アランは鋼の剣を鞘にしまう。

 

 脅されていた男とクラリスは大丈夫だろうかと思った直後、大きな歓声と拍手がアランを包む。

 

「いや、凄いぞあんた! いいもの見せてもらった」

「あいつら時々ここに来ては何度も暴れてたからな。いい気味だ!」

「きゃああっ、お兄さんカッコいい!」

 

 アランは戸惑った。

 アランにしてみれば、奴隷時代と同じことをやっただけで、とりわけ称賛するようなものではない。周囲が心からアランを称えていることが感じられる分、余計に不思議だった。

 思わずつぶやく。

 

「助けた人が無事ならそれでいいんだけどな」

「本当に凄い人ね、あなた」

 

 ステージから降りたクラリスは、アランの手を握ると華のように笑った。

 

「ありがとう。あなたのおかげで助かりました。ポートセルミの踊り子を代表してお礼を言わせてください」

「いや。僕の方こそ申し訳ないことをした。ステージ、台無しになっちゃったね」

「ふふ。お客さんはむしろ盛り上がったみたいだけれど。ちょっと悔しいな」

 

 クラリスは片目を瞑った。

 

「私の名前はクラリス。って、もう知ってるか。あなたの名前、聞かせてもらってもいいかしら」

「僕はアラン。よろしく」

「そう、アラン。覚えておくわ、格好いい英雄さん」

 

 そう言ってクラリスはステージに戻った。彼女は振り返ると、アランに向かって投げキスを送った。

 

「またこの宿に来たときは、ぜひ私たちに逢いに来てね。きっと皆、あなたとお話したいと思っているから。もちろん私もね」

 

 アランは手を振り、ステージの奥に戻っていくクラリスたちを見送った。興奮冷めやらぬホールの中、さて、どうしたものかと思案していると、不意に声をかけられた。

 

「んだ。あんたなら信用できるだ」

 

 振り返ると、あの農夫の男が金袋を手にこちらに駆けてくるところだった。彼は赤ら顔で言った。

 

「おねげえだ、オラたちの頼み、聞いてはくれんか」

 

 

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