【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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166.アグリの依頼

 

 興奮気味の男をなだめ、とりあえず手近な席に座る。男はアグリと名乗った。

 ずんぐりとした体型だが足も腕も筋肉がついていて、濃く日焼けもしていた。一日中畑仕事に精を出している証拠である。

 アグリはテーブルに身を乗り出すようにして言った。

 

「頼みっちゅうのは他でもねえ。あんたの腕っぷしを見込んで退治してもらいたい化物がいるだよ」

「化物?」

「んだ」

 

 アグリはうなずき、語り出した。

 

 彼らの住む村カボチの付近に、住人たちが『化物』と呼ぶ一匹の魔物が棲みつき、畑を荒らし回っているのだという。魔物自体は以前から生息し、時折畑に被害が出ることはあったのだが、この化物は特別で、荒らし様は凄まじく、時には畑に大穴が開くこともあった。化物はもっぱら夜に現れるため、その姿を直に見た人間は少ない。目撃者の話では大人の腰ほどの丈がある四足獣だったらしい。

 幸い、まだ住人に被害は出ていないが――。

 

「このままじゃオラたちゃ揃って飢え死にだ。だけんど、だからと言ってオラたちだけじゃ化物相手に歯がたたねえ。そこで人がたくさん集まるポートセルミさ来て、強そうな戦士見つけて化物退治をお願いしようっつー話になっただよ」

「その役目を、僕に?」

「んだ! 見たところ、あんちゃんはすげえ強いお人だ。きっと化物も何とかしてくれる。オラはそう思ってる」

 

 期待を込めた目で見つめられ、アランは返答に困った。

 

 村人は助けたいと思う。アグリのように一生懸命作物を育てている者から見れば、畑を荒らされることは我が家を踏みにじられる以上の苦しみだろう。

 だがアランは魔物とともに旅をする人間だ。魔物の中には良き心を持った者もいる。

 本来人里には近づかないはずの彼らが単体で、しかも、地面に大穴を開けるほどの凶暴な力の持ち主でありながら人目を忍ぶように畑を荒らすということに引っかかりを覚えた。

 よく似た事例をかつて目にしたことがあるのだ。

 ――本当に、ただ退治すればそれで良いのだろうか。

 

 沈黙を否定と捉えたらしい。アグリは必死になって懇願した。

 

「もちろんタダとは言わね。三〇〇〇ゴールド。無事に化物を退治してくれたらお礼にあげるだよ。その証拠にほれ、ちゃんと前金として半分、用意してある」

「いや、ですが」

「村人みんなでコツコツ貯めた金だ。引き受けてくれたらこの場で半分、一五〇〇ゴールドをあんたにやる。だから頼まれてくんろ!」

 

 もちろんアランは金額の多寡で迷っているわけではない。

 これほど必死になっているアグリをこのまま帰すのは心苦しい気がしてくる。

 アグリは椅子から立ち上がりアランの側で土下座をした。

 

「お願いだ、このままじゃオラたちは死ぬしかねえ! オラの、オラたちの頼み、どうか聞いてくれ。この通りだ!」

 

 床に額を打ち付ける勢いで頭を下げる。

 しばらく瞑目して考えていたアランは、アグリの側に膝を突いた。

 

「アグリさん、顔を上げてください。あなたのお気持ちはわかりました」

「おお、それじゃ」

「どれほど力になれるかわかりませんが、できるかぎりのことをやってみましょう。今のお話、僕もこの目で確かめてみたいし」

「おお、おおっ。そうか、頼まれてくれるか! ありがとう、ありがとう!」

 

 感激のあまり涙ぐみながらアグリがアランの手を握る。

 彼は持っていた金袋を差し出した。

 

「約束だ、前金で一五〇〇ゴールド。確かに渡すべ」

「アグリさん、僕は別に」

「いんや。田舎モンにだってそれなりの誇りはある。受け取ってくんろ」

 

 強引に押し付けられ、アランは渋々受け取った。

 

 大任を果たして満足したのか、アグリは実に晴れやかな表情で立ち上がる。

 

「オラたちのカボチ村は、ポートセルミからまっすぐ南に下ったところだかんな。できるだけ早く来てくんろ。んじゃ!」

 

 彼は軽やかな足取りで宿を出て行った。

 アランは金袋を見る。もしカボチ村が農業だけで生計を立てている村ならば、これだけの金を用意するのは相当な努力が必要だっただろう。実際の重量以上の重さをアランは手に感じた。

 

「大変なことを引き受けちゃったね、アラン君」

 

 ふいに声を掛けられた。椅子の背もたれに手を乗せ、クラリスがアランのすぐ後ろに立っていた。深紅の踊り子衣装ではない。淡い桃色を基調とした、簡素な貫頭衣を着ている。

 こういう格好でがっかりしたかな、とクラリスは舌を出した。

 

「私、私服はあんまり買わないの。普段生活できればそれで十分だから」

「クラリスさん。さっきの話、聞いていたんですか」

「ごめんなさい。どうしても気になって」

 

 そう言ってクラリスは先程までアグリが座っていた椅子に腰掛ける。改めて相対すると、質素な衣服にもかかわらず舞台上にいるときと同じような華をクラリスから感じた。この人の人柄だなとアランは感心する。

 

「南のカボチ村には、前に一度訪れたことがあるわ。地方巡業のときにね」

 

 とにかく『田舎』という言葉がぴったりくる村だったと彼女は言う。

 

「一緒にいた後輩たちは『寂しいところだ』って不満そうだったけど、私は素敵なところだなって思ったわ。こう見えて私、田舎の暮らしって馴染み深かったりするから。ただ、ね」

「どうかしたんですか」

「うん、カボチ村は良くも悪くも本当の『田舎』だから。さっきのアグリさんは違うみたいだけど、あまり余所から来た人にいい顔をしないの。特に男衆の態度は顕著。だからアラン君も、村を訪れるときはあらかじめ心構えをしておいた方がいいかもしれないわ」

 

 それから、と彼女は付け加える。

 

「こっちが言いたいことの本題。君なら大丈夫だと思うけど、相手は凶暴な魔物よ。絶対に無理しちゃ駄目だからね」

「ええ、わかってます。要はもう二度と村を襲わないようにすればいいわけですから」

「退治、するわけじゃないの?」

 

 クラリスが首を傾げる。アランはそれ以上は何も言わず、ただ苦笑を浮かべた。この心の引っかかりを彼女に説明しても、おそらく共感はされないだろうと彼は思った。

 

 クラリスと別れ、宿泊する二階の部屋を見上げる。

 成り行きとは言え、勝手に魔物退治を引き受けてしまった。

 まずはこのことをどう仲間に――特にピエールに説明するかが先だよな。

 アランは静かに嘆息し、肩を落とす。その拍子に金袋が重苦しい音を立てた。

 

 

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