【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
『主たる貴方が決めたこと、私に否はありません。しかし、せめて一言ご相談頂きたかったです』
それが事情を聞いたピエールの第一声だった。呆れた様子がありありと伝わってきて、アランは苦笑せざるを得なかった。ピエールは続けて『それもまた、貴方という人間の人徳なのでしょう』と言っていた。
一行は現在、ポートセルミを出発して南に進んでいた。すでに数日が経過し、ようやく目的地らしき小さな村を視界に捉えたところである。アグリの住むカボチ村だ。
「なーんにもなさそうな村ね。これならまだ、ちょっと前のサンタローズの方がましだったわね」
アランの肩に乗りながらメタリンが嘆息する。相変わらず遠慮がない。
今は見る影もなくなった故郷のことを引き合いに出されて、アランは複雑な表情を浮かべる。その表情に気付いたモンスターたちが非難の目をメタリンに向けた。
お転婆なメタルスライムは慌てて言い繕う。
「わ、悪かったわよ。でもしょうが無いじゃない、ちょっと口が滑っただけなんだから!」
「だめだよ。もっと思いやりがなきゃ」
「ううう」
スラリンに諭され、メタリンは半泣きで唸った。アランが取りなす。
「ほら、ふたりとも。仲良くするんだ。僕なら大丈夫だから」
ピエールを振り返る。
「これから詳しい事情を聞きに村に入るけど、僕が一人で行こうと思っている。いくら変化の石があると言っても、小さな村だからね。何を言われるか」
「あなたがそうおっしゃるなら」
嘆息するような口調だった。自分も付いていく、と言わなかったところを見ると、この忠実な騎士はアランの意図に気付いてくれているのだろう。
クラリスの話からして、カボチ村の住人は余所者の来訪にいい顔はしないはずだ。仲間たちが白い目で見られるくらいなら自分ひとりで十分――と、アランは考えていた。
「ですが、十分にお気を付けください。貴方が不覚を取ることはないかと思いますが、万が一、村人と争いになったときは躊躇ってはいけません」
「起こらないよ、そんな万が一なんて」
「私は時々、貴方がどうしてそこまで人間を信用できるのか不思議でなりません」
忠実な騎士の心からの台詞にアランは再び苦笑を浮かべた。わずかに首を振るピエールの肩をサイモンが叩き、アランに向かって自らの胸を叩いて見せた。『私たちにお任せください』と言っているのだとわかった。
「それじゃ、行ってくる。すぐに戻るよ。後はお願い」
仲間たちにそう告げて、アランはひとりカボチ村へと歩を進めた。
村に近づくといくつもの柵が目に入った。あり合わせの材料で
村長宅への道すがらアランは村の様子を観察した。人影は少ない。いくつかの畑には化物が暴れたと思しき痕はまだ残っていた。
畑のひとつに近づき、襲撃の痕跡を見る。鋭い爪で力強く抉ったとわかるが、よく目を凝らすと抉られているのは畑の一部のみで、他の部分は無事だった。
土に足跡が付いていた。間隔が広い。アグリは巨大な四足獣と言っていたが、素早い身のこなしと高い跳躍力を併せ持った獣なのだろうとアランは思った。
「おい、あんた」
ふいに声をかけられ、アランは振り返る。藁帽子に薄汚れた白い短衣を着た男が、手に鍬を持ちながらアランを見据えている。その視線はクラリスが言う通り、とても友好的とは言えなかった。
「もしかしてアグリが言ってた冒険者だべか」
「ええ。依頼を受けたので、今日ここに」
「ふん。遅かっただべな」
男は鍬で村の奥を指す。
「アグリも村長もこの先だ。さっさと行ってくんろ」
礼を言う暇もなかった。男は早々に踵を返すと、いずこかへと歩き去った。
「村の人たち、相当苛立っているみたいだ」
これは早めに何とかしないととアランは思った。
指示された通りに歩くと、やがて柵で囲まれた大きな家屋に辿り着く。近隣の建物と違い二階建てだ。裏手には数頭の山羊の姿もある。ここが村長の家だろう。
アランは扉に手をかける。
「とにかくオラは反対だ。どうせ金だけふんだくられて、それで終わりだべさ」
扉越しにそんな声が聞こえ、アランは手を止めた。家の中で数人が言い争っているようだった。やがて乱暴な足音が近づいてきた。扉が内側から開くと同時に怒声が飛ぶ。
「もういい! オラは仕事に戻る! ……あ? なんだオメは」
「あの」
「どいてけれ!」
出てきた男はアランを一瞥するなり肩で押しのけて歩き去った。
開け放たれた扉から家の中に入る。ちょうど二階に上がろうとしていたアグリと鉢合わせた。
「おお、あんちゃん、来てくれたか」
「はい。遅くなりました、アグリさん」
「構わん構わん。ささ、中に入ってけろ。村長は二階にいるでな」
アグリに促され、二階へと上がる。仲間を連れてこなくて良かったと思いながら、狭くて不安定な階段を上がる。
二階の部屋の中央に大きくて背の低い丸机が置いてあり、机を囲むようにして三人の男が顔を突き合わせていた。
もっとも奥まったところに座る老人が口を開く。
「アグリ、その人が例のかえ」
「はいな、村長」
「アランといいます」
「よく来た。そこに座ってけれ」
村長に促され、丸机の端に腰を落とした。村長は軽く咳払いをして背筋を正した。
「こんたびはワシらの頼み聞いてくれて、すまねえこって。ほんに助かるだよ。で、さっそく退治してもらいたい化物のことなんじゃが」
言葉を探すように長く白い髭をいじる村長。
「これが、まんず狼のような虎のような、おっとろしい化物でなぁ。しかもどこに住んどるかわからんときたもんですわ。ただ西の方からやってくるっちゅうことだけは皆知ってるだよ。そこは恐ろしい魔物の巣になってて、村のもんならまんず近寄らん」
「魔物の巣、ですか」
んだ、と村長はうなずき、そして身を乗り出した。
「おねげえだ、お前さんは強いんだろ。どうか西から来る化物を見つけて、退治して来てくんろ!」
そう言うと村長だけでなくアグリたちも深く頭を下げた。