【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
カボチ村の西。峻厳な山々に囲まれた一角に、歪に口を開けた洞窟がある。長い時間をかけて、地下水の浸食と地殻変動により形成されたもので、入口は広く奥が深い。かつては埋蔵資源を求めて周辺の人間が訪れていたが、今はもう訪れる人間が絶えて久しくなっていた。
ここが『魔物の巣』と呼ばれるほどのモンスターの巣窟になってしまったからだ。
隔絶された環境の中で棲息する洞窟の魔物たちは、多くが他の同族と毛色が異なっている。洞窟の魔物同士の軋轢もあり、よく争いが起こっていた。
だが今はそうしたモンスターたちの対立は小康状態にあり、平穏を保っている。
理由は、数年前にこの巣へとやってきた一匹のモンスターにあった。
『おぉーい。まぁーたそーんなとこーでこそこそやっでんのかー?』
魔物だけに通じる声にしても、際立って間延びした口調で一匹のモンスターが言う。全身が半固体の泥でできた『ドロヌーバ』だ。お調子者のくせに荒事は避ける性格のため同族からは煙たがられているが、本人はまったく気にしていない。同族とつるまなくても、彼には心を許せる仲間がいるのだ。
仲間の一匹、岩場の陰に座り込んで黙々と作業に没頭する大柄なモンスターがドロヌーバの声に振り返る。大きな一つ目が鬱陶しそうに細められた。『ビックアイ』である。
『うるさい。今作業中だ。邪魔だからあっちいけ』
『ぞんなこというなーよー。ほら、奥から石、もってきたんだからよぉー』
『そういうことは早く言え』
ドロヌーバから鉱石をひったくり、一つ目を輝かせて検分するビックアイ。職人気質な彼は、見た目に反して手先が器用だった。一日中、こうして鉱物を加工しては道具を作る作業に没頭している。
彼が今作っているのは、研磨した鉱物を使った爪だった。先の尖ったものを組み合わせ、丈夫な蔓で結びつける。なかなか立派な見た目になった。しかしビックアイは気に入らず、低く唸る。
『いまいちだな』
『そうかー? よくできてると思うがなぁー』
『耐久性が不安だ。一回や二回なら耐えられるだろうが、『あの方』の力に見合った品だとはとうてい思えん』
『別にぃ、怒られねえとはー思うがーなー』
『俺の矜持の問題なんだよ』
『人間みたいーなーこと言うなー。別にぃ、おいらーは全然構わないけどぉー』
口調も緩ければ態度も緩い。これがドロヌーバの親愛の表れである。そのことをよく知っているビックアイは、ため息ひとつで文句を飲み込んだ。
「なんじゃおぬしら。まだやっとったんか」
唐突に人の言葉が聞こえ、ビックアイたちは振り返る。しわがれた声の持ち主は骨と皮だけになった顔を緩めた。
「さっき人間という言葉が聞こえた気がするが、どれ、人間のことならこの爺に何でも聞いてくれい。こう見えて儂は古今東西、さまざまな知を身につけた『まほうつかい』じゃからな!」
薄汚れた青緑のローブを震わせ、『まほうつかい』は
ビックアイが尋ねる。
『この武器なんだが、もっと強度を上げることはできないか』
「ほほう。見た目はなかなかよくできておるが、まだまだじゃの。使っている鉱石の種類がばらばらではないか。それではすぐ使い物にならなくなるぞ。それに爪を固定するものにその蔓を使ってはいかん。確かに丈夫じゃが、長く皮膚に付けていると痛くなる。そういう作用があるものじゃからな、それは」
『そうか。それは気づかなかった』
「あとで儂が爪に相応しい鉱物が採れる場所まで案内しよう」
『いってらー』
「お主も来るんじゃよ。そこは暴れ者が多い区域じゃ。か弱い儂がどうなってもいいと言うのか?」
『えー……』
「ちなみにお主は盾じゃ。その身体のくせに無駄に頑丈なのだから、ちっとは働けい」
『ええー……』
『ところで爺、お前はあの方のところへ行っていたんじゃないのか』
「おお、そうじゃったそうじゃった。この歳になると忘れっぽくていかんのう」
からからと笑い自らの頭を小突く。
「お主らを呼びに来たのじゃ。ちくっと相談があるそうじゃよ」
『そういうことは早く言え。急ぐぞ』
作業を放り投げ、ビックアイは立ち上がった。洞窟内は天井も高いが、それでも彼が立ち上がると壁がせり立ったような威圧感がある。彼らはまほうつかいの先導で洞窟の外へ出た。
爽やかな風が吹き抜け、日中の強い陽光が降り注ぐ。「干物になってしまうわい」『もともと干物だぁー』『やかましいさっさと歩け』と軽口を叩き合いながら、洞窟の外縁に広がる岩場を登っていく。この先は周囲の景色が一望できる高台だ。
やがて一匹のモンスターの姿が見えてきた。
岩場の先端に立ち、蒼穹を背景に東の方向をまっすぐに見据える四足獣。黄金に見まがう体毛と炎のような
ビックアイが進み出て頭を下げる。
『遅れて申し訳ありません。チロル様』
チロル――魔物の巣の中で唯一、人により与えられた名を自ら名乗る女豹。『地獄の殺し屋』キラーパンサーは、気の強そうな瞳を緩めて振り返った。
『ここには私たちしかいない。だからチロルでいいわ。私は様付けで呼ばれるほど大仰な存在じゃない。それは良くわかっているもの』
尊敬する彼女からそう言われてもビックアイは首を振った。このキラーパンサーの力がなければ今の平穏はないと彼は信じて疑っていないからだ。チロルがその類い希な力と強い意志でモンスターたちをまとめ、あるいは威圧していなければ、自分たちのような戦いが苦手な者たちはとうに葬り去られてしまっていたであろう。
『あなたは素晴らしい方です。謙遜する必要はまったくありません』
鼻息荒く断言するビックアイに、チロルは苦笑するように喉を鳴らした。
――ビックアイたちは知る由もなかったが、その仕草は、かつて彼女が主とも家族とも想った者と、とてもよく似ていた。