【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
「これは驚いたわい」
まほうつかいがつぶやく。
「お前さん、まさか十年前にチロルと旅をしとったという人間の子か」
「僕を知っているのかい」
チロルから体を離し、アランは尋ねた。キラーパンサーは彼の傍らで腰を落ち着けている。そうするのが当然だと言うように。まほうつかいはうなずいた。
「チロル自身から聞いていたよ。儂は彼女の相談役だからの。ああ、ついでに紹介しよう。後ろにいるでっかいのがビックアイ、ドロドロなのがドロヌーバだ。同族くらいは見たことがあろう」
実に飄々とした表情を見せるまほうつかい。好々爺というより抜け目のない変わり者といった風体の老人の頭を、ビックアイが二度三度と小突く。どうやら彼の方は事態の進展についていけず随分と混乱しているようだ。ドロヌーバは何を考えているのかわからない。
「『一体何がどうなってる』とビックアイはまくし立てています。無理もないでしょうが」
ピエールが剣を収めた。アランの右腕の騎士はこの事態にも狼狽えた様子がない。一方、他の仲間たちは驚きを隠せないでいた。
ピエールがチロルの元に進み出る。
「私のことも覚えていますか。ラインハットでの折、貴女に言いましたね。良き主に恵まれたと」
「がるぅ」
まるで礼を言うように小さく喉を鳴らし、チロルはうなずいた。
「今では私もアランの従者、いえ、彼の言葉を借りれば友です。道中、よろしくお願いしますよ」
「がるるるっ」
「やはり行かれるか」
まほうつかいが言うと、ビックアイとドロヌーバが反応した。アランは彼らの瞳を順番に見た。微笑を浮かべ、チロルの頭を軽く撫でる。
「さすがにチロルが選ぶだけはある。皆、綺麗な瞳をしているよ」
「ほっほっほ。生まれてこのかた呪文の腕は褒められても瞳の美しさで褒められたことはありませんぞ」
まほうつかいは実に気持ちよさそうに笑った。あまりに無警戒なためか、ビックアイが戸惑ったようにアランとまほうつかいを見比べる。
巨体のモンスターの腕を叩きながらまほうつかいは尋ねた。
「稀有な力を持つ魔物使い殿。改めてお前さんの名を聞いてもよろしいか?」
「僕はアラン。まほうつかい、もしよければひとつ、僕からお願いしたいことがある」
「なにかな?」
「君に、いや君たちに名を付けさせて欲しい」
チロルとピエールがアランを見る。まほうつかいは笑みを浮かべたままだ。
「それは、お前さんの仲間になれということかな」
「強制はしないし、できない。ただ僕は君たちに一緒に来て欲しいと思ってる。チロルの良き友人である君たちに」
「と、仰っているが。どうするねお二人さん」
ビックアイが視線を彷徨わせた。ドロヌーバは液状の体を大きく上下に動かして何事か鳴いている。喜んでいるようだった。
チロルが進み出て、ビックアイの前に立った。そして静かに頭を垂れる。
「ぐるる、がう」
「オオ……」
何事か言葉を交わしあう二匹。どうやらチロルがビックアイを説得しているようだった。
やがてビックアイが声を大にした。今までの、どこか周囲の空気に呑まれていた雰囲気が消えている。さっぱりした顔でアランの前に立つ。アランはうなずいた。
「ありがとう。君はガンドフ。どうかな」
「オォ」
返事をするビックアイ――ガンドフに微笑み、次いでドロヌーバを振り返る。何か期待を込めているような仕草を見せる彼に「君はヌーバだ」と伝えた。万歳をするように体を上下させるヌーバ。
「そして」とアランはまほうつかいを見た。
「君はマーリン。まほうつかいのマーリン」
「ほっほ。こうして聞いてみると、なかなか
頭を掻きながらまほうつかい――マーリンは言った。
「アラン殿。これからはこの老骨の知識、存分にお使いなされ。このマーリン、その方面に関してはなかなか自信があるますゆえ」
「ああ、期待してる。けれど無理はしなくていい」
「はあ。何とも主らしからぬお言葉ですなあ」
「それがアランという人物です」
ピエールが言った。骨と皮だけの顔面に呆れた表情を浮かべるマーリン。
マーリンは短く呪文を唱えた。掌に灯り代わりの炎が点く。
「さて、と。ここを出るなら『あの剣』のことも伝えねばならぬでしょうな。よいですかな、チロル」
チロルはうなずくと、アランの裾を噛んで引っ張った。洞の奥へと導く。
「ほら、あれですじゃ」
マーリンが洞の奥を照らした。
光を受けて、何かが輝く。アランは瞠目し、立ち尽くした。
アランの視線の先――洞の奥まった場所に一本の剣が突き刺さっていた。深い鋼の色を見せる表面、鍔から先端にかけて一切の無駄なく流れる刀身、そして何より握り部分の紋章にアランは見覚えがあった。
間違いない。あれは父パパスが愛用していた剣だった。ゲマとの戦いの中で失われてしまったとばかり思っていたのに――。
アランはチロルを振り返る。
「そうか、君が父さんの剣を」
「にゃうぅん」
答えたチロルの声はどこか悲しそうだった。突然訪れた別れに加え、十年前の小さな体でこの剣を運ぶ辛さはいかほどのものであっただろう。しかも彼女は今日までの間、この剣を守り続けてくれていたのだ。
チロルが剣の側に立つ。壁に前脚をかけ、巨体を器用に支える。雄々しく突き出た牙で傷つけないように慎重に剣の握りをくわえ、引き抜いた。そのままアランの元まで持ってくる。
アランはチロルからパパスの剣を受け取った。実際の重量以上の『重さ』を感じた。まるで父の願いと決意をすべてその身に吸い取ったかのようだ。だが持ち続けているうちに不思議と手に馴染んだ。十年も放置されていた剣とはとても思えない。
ピエールが感嘆した。
「かなりの業物です」
「さよう。儂の目から見ても相当なもの。人間の基準では値が付けられないほどのものじゃろうて。惜しむらくは手入れが不十分だったことじゃが、それでも輝きが失われていないのはさすがと言うべきじゃ。アラン殿。その剣、お前さんが手にしてこそ相応しいと思いますぞい」
「……ありがとう。ありがとう!」
アランが感極まって柄に額を当てる。
マーリンはガンドフを呼んだ。意外な者にも声をかける。
「そこのお嬢さん。えー」
「……ブラウン」
「うむ、ブラウンよ。お前さんにも頼みたい」
やってきた二匹は互いに顔を見合わせた。マーリンは指を立てて得意げに言う。
「このような業物が汚れたままなのは非常にもったいない。そこでじゃ、お前さんたちにこの剣を鍛え直してもらいたい。何、難しいことはない。ちょこっと埃と汚れを払えばよいのじゃ。儂の知識とガンドフの器用さ、そしてブラウンの鎚があれば、剣にかつての輝きを取り戻させることなど、ほれ、ちょちょいのちょい、じゃ」
そう言って彼は高らかに笑った。