【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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178.素敵な出逢いを祈って

 

 こんなにも楽しい買い物ができるなんて――。

 宿への道すがらフローラはそんなことを考えていた。

 

 蝶よ花よと愛されてきた彼女ではあるが、もともとが代々続く豪商の家庭に育った娘である。物を買うこと、売ることには関心があった。その割に質素倹約が板に付いているのは、かつて修道院で過ごした経験と、父親以上に奔放で大胆な姉を目の当たりにしてきたことが大きい。

 良い商品を、それに相応しい価格で買うことの満足感。今日はそれに加えて、心通じる者とわいわい騒ぎながら、迷い、驚き、そして商品を無事手に入れて喜び合うことの楽しさを知った。

 

「どうですか、ビアンカさん」

「うん。フローラが選んでくれた下着、とっても良い感じよ。苦しくないし、すごく軽い」

 

 胸元に手を当て、ビアンカが驚き半分喜び半分の表情で答える。フローラは満足気にうなずいた。

 

「ビアンカさんは活動的な方ですから、下着もそれに見合ったものを選ぶといいですよ。洗濯と保管ときちんとすれば長持ちしますし」

「そうよね。でも何か不思議な感じ。私、こういう話を誰かとあんまりしたことなかったからなあ」

「村には同世代のお友達はいらっしゃらないのですか?」

「うーん、確かに少ないわね。おしゃれに気を遣う子はみんな街に出ちゃうし。私もそういうのに興味がないわけじゃないんだけどね」

 

 寂しそうにビアンカは言った。年頃の娘なら誰でも憧れるであろう華やかな生活よりも、父と一緒の慎ましやかな生活を選ぶ。それは誰にでもできることではないと思えた。フローラは深く感じ入った。

 

「私もビアンカさんを見習わないと」

「私、べつにフローラに教えることなんてないわよ?」

「気持ちの問題です」

 

 ビアンカが小首を傾げた。その仕草が愛らしく、フローラは微笑んだ。

 

 空は黄昏色に染まっていく。二人は肩を並べゆっくりと街の中を歩いた。

 

「街外れの煙が収まってますね」

 

 南東の方角を見ながらフローラは言った。

 ルラフェンの街には、日がな一日家に籠もって得体の知れない研究に没頭している名物老人がいる。あまりにも毎日繰り返されるものだから、煙突から煙が出たり消えたりする様子を街人が時計代わりに見ているほどだ。

 研究の内容は定かではないが、噂では古代呪文の類を扱っているという。幼少の頃の出来事がきっかけで呪文に興味を持っているフローラは、いつか機会があれば訪ねてみたいと思っていた。

 

 ビアンカが柳眉を下げ、人差し指を口元に当てる。

 

「あんまり家に籠もってばかりだと、体に良くないと思うんだけどな。お布団、きちんと干しているのかしら」

「お布団、ですか」

「太陽の光をたくさん浴びてふかふかになった布団ってね、明日への活力の源になってくれるのよ。家にいるばかりの人の布団は、じめっとしていることが多いから。ああ、ごめんね。私、家が宿屋だったからそういうことが頭に浮かんじゃうの」

「まあ。それでは村でも宿を?」

「ううん。村にはもう他に宿があるし、お父さんは病気療養中だからね。ただ昔取った杵柄ってやつで、宿屋の主人を育てる修行みたいなことはしてるよ」

「そうですか。でもビアンカさんがお勤めになる宿でしたら、とても繁盛するでしょうね。ビアンカさん目当てで来るお客様もたくさんいらっしゃると思います」

「あはは。そうだといいね。まあ、大きな宿屋を経営するのは大変なんだけどね。昔の実家、町では結構大きな宿だったんだよ。知ってる? アルカパって町なんだけど」

 

 言われてフローラは地図を思い浮かべた。

 

「確か、ラインハットの南西に位置する町ですよね。すみません。父から町の名は聞いているのですが、実際に足を運んだことは」

「そっか。もし訪ねたことがあるのだったら、今宿がどうなっているか聞いてみたかったんだけど」

 

 不意にビアンカが視線を落とした。口元に寂しげな微笑が浮かんでいることに気づき、フローラは心配そうに目を曇らせた。

 

「なにか、あったのですか」

 

 ビアンカは小さく首を振った。

 

「実はね、私の幼馴染に引っ越しのこと伝えられなくて。もしその人がアルカパを訪ねてきたら、すごくがっかりさせるんじゃないかって思って。宿がなくなってたらなおさら、ね。ずっと心残りなの」

「まあ」

 

 フローラは口元に手を当てた。彼女にも幼馴染と呼べる青年がいるが、確かに何も伝えられずに姿を消すのはとても心苦しいことだと思えた。

 

 しばらく地面を見つめていたビアンカは、気を取り直して顔を上げた。

 

「お父さんが完治したら、一度アルカパまで行ってみるのもいいかなって思ってる」

「お一人で、ですか」

「そう。さすがにお父さんをずっと一人にはしておけないから、すぐ戻ることにはなると思うけど。私これでも、結構冒険とかに憧れてるのよ」

 

 フローラは苦笑した。商人を案内するために山越えをしたり、ひとりで野盗を撃退したりする姿を見れば、ビアンカが冒険者としての素質を持っていることは十分に理解できた。

 

「フローラはそういうのに興味ないかな。あ、でもここまで少人数で来たんだから意外と大丈夫かも」

「今回は姉のことがありましたから。でもいざ一人で旅をするとなると、お父様がお許しにならないかもしれません」

「そっか。じゃあ、二人なら?」

 

 首を傾げる。それはビアンカと一緒に旅をするという意味だろうかと思ったが、そうではなかった。

 

「確かフローラって、今年で一七になるんでしょ。私はこういう性格だからあんまり考えたことがないんだけど、フローラくらい可愛くていい子ならあるんじゃないかしら。結婚のお話」

 

 結婚、と口の中でつぶやく。見ると、ビアンカの顔がかすかに上気していた。「あんまり考えたことがない」と口では言いつつも、実は花嫁への憧れがあるのかもしれない。

 

「フローラの旦那様になる人が世界を股に掛けるような旅人だったら、きっと一緒に旅に出ようって話になるわ。そうなったら、どうする?」

「そう、ですね」

 

 空を見る。

 

 真っ先に脳裏に浮かんだのは、十年前のあの光景だった。自分と同い年の男の子が魔物の騎士相手に真正面から挑む姿。大人たちに囲まれ大事に育てられてきたフローラにはない勇気と逞しさが、その後ろ姿から溢れていた。

 我知らず顔が赤くなったことを自覚し、彼女は両手をこすり合わせた。

 

「そうなったら、きっと私はその人を支えたいと考えるんじゃないかと思います。だから」

「ああ、もう。やっぱりフローラは可愛いなあ」

 ビアンカが抱きついてくる。驚くほど柔らかい身体に包まれ、フローラは目を瞠りながらも微笑んだ。もう一度空を見る。

 

 ――きっと、それは遠い将来のことではない。

 

 予感めいた想いが過ぎる。実際、フローラの父ルドマンは真剣に結婚相手について考えている。サラボナに戻れば十中八九、その話が出てくるだろう。

 でも。

 

「結婚相手は、自分の意志と心で選びたいです」

 

 ぽつりと呟いたフローラの頭を、ビアンカは優しく撫でた。

 

「大丈夫。フローラならきっと素敵な人が見つかるわ」

「ありがとうございます」

 

 はにかみながら礼を言った。

 

「ビアンカさんにも、素敵な男性との出逢いがありますように」

 

 

 

 翌日。

 思ったよりも早く馬車の修理が完了し、フローラとビアンカは街を出た。『噂のほこら』まで辿り着くと、二人は互いに別れを惜しみながらそれぞれの故郷に帰っていった。

 

 ビアンカは山奥の村へ。

 フローラはサラボナへ。

 

 それはルラフェンに魔物を連れた青年が訪れる、ほんの数日前のことである。

 

 

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