【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
剣閃が煌めく。
熊のような巨体と梟の頭部を持った魔物『モーザ』が断末魔を上げながら消えていく。
とどめの一撃を放ったアランはパパスの剣を一振りした。刀身には血曇ひとつ付いていない。空気を斬る音が楽器のように澄み響く。
「さすがの名剣です」
残りのモンスターを片付けたピエールとサイモンが満足気にうなずいた。
アランは鍔に刻まれた紋章を見つめた。かつて何度も目にした父の後ろ姿が紋章の中に生きているように思う。
傍らのチロルが、気遣って短く鳴いた。アランは妹分のキラーパンサーに微笑みかけ、剣を納めた。
「父さんの、そして何よりこの剣を鍛え直してくれたブラウンとガンドフに恥じないようにしないとね」
「もう十分なような気がしますがのう。アラン殿のお父上はよほどの豪傑だったと見える」
マーリンが戦々恐々としながら言った。まほうつかいは荒事が苦手らしい。十分に戦えるほど呪文の扱いには長けているはずだが、先ほどの戦闘中、彼は後方で怖々と眺めているだけだった。
メタリンが凄い勢いで走ってきて、マーリンに食ってかかった。
「ちょっとお爺ちゃん。あんた何で遠くで見てるばっかなのさ」
「いやほら。儂って頭脳派じゃから。年寄りは労らねばならんぞい」
「チョーシいいこと言っちゃって!」
メタリンが飛び跳ねる。彼女はいつもの元気をほぼ取り戻していた。
これも年の功なのか、メタリンの金切り声を柳のように受け流し、「よっこらしょ」と馬車の中に乗り込む。
「そういえばアラン殿。これから向かうルラフェンの街じゃが、あそこはなかなか面白いですぞ」
「面白い?」
「さよう。人間だてらに呪文の研究に生涯を捧げる変わり者が住んでいるそうですじゃ。到着したらぜひ寄ってみたいと思うのじゃが、よろしいですかの」
「がるる」
チロルが唸る。「何を勝手なことを言っているの」と苦言を呈していた。
アランはマーリンに尋ねた。
「どんな呪文を研究しているか、君は知っているのかい」
「噂程度ですがの。何でも古代の移動魔法だとか。もし本当にそれを復活させることができたならば、人としてはなかなかの偉業だと思いますぞ。儂も他の連中が使用してたところを一度だけ見たことがあるが、壮観でしたわ。こう、光に包まれてびゅーんと飛んでいくのです」
アランの手が止まった。チロルもまた耳を立て尻尾を緊張で固まらせる。
「どういう連中だったか覚えているか」
「はて。もう何年も前ですし、光に包まれた状態でしか見ていなかったものですから、何とも」
「そう、か。わからないか」
「どうしたの、アラン」
肩に登ってきたスラリンが声をかける。アランは首を横に振った。
――それから数日後。
鬱蒼とした森を抜けるとルラフェンの街が見えてきた。サラボナとの中間地点ということで交易で栄えているところだ。ポートセルミと比べると閑静な街だった。
ルラフェンを特徴付けているのはその街の構造だ。大小様々な大きさの建物が入り組み、複雑な景観を作っている。よく見れば民家の上にも道が通っている。一歩足を踏み入れたアランたちは呆気に取られた。
「これは、迷いそうだね」
「そうですね。ドラきち、コドラン。それからクックル。頼みます」
ピエールが仲間を呼び、ルラフェンのおおよその構造を把握するように指示した。
「クックルにも頼むんだね」
「念のためです。こうも入り組んでいると、空からではわからないこともあるでしょうから。彼女には実際に歩いて探索してもらいます」
「まるで攻城戦か侵攻戦でも仕掛けようかという感じじゃのう。そう真面目にせんでも、迷ったら街の者に道を尋ねればよいじゃろう。無人というわけではないのじゃから」
頭をかきながらマーリンが言った。
ドラきちたちが探索から帰ってくるまでの間、アランは宿を取った。街から入ってすぐの宿屋は広く、受付ホールも立派なものだった。カウンターには複数の受付人が控えていた。
宿の手続きに入ったアランはその値段に軽く驚く。思わず口に出してしまいそうになった。
部屋に入ったアランは、外に出て行く仲間たちを見て眉を下げた。
「どうしたみんな。休まないのか?」
「ちょっとぶらりと出てきますわい。アラン殿は休んでいなされ。ああチロル。お前さんもじゃよ」
サイモンと何事かやりとりをしながらマーリンは言った。
「ここの守りはサイモンが引き受けるそうですじゃ。そういうわけですからアラン殿、チロル。せっかくなので二人でのんびりと旧交を温めるのがよろしかろう」
マーリンも出かけていく。最後にサイモンが深々と礼をし、部屋の外に出た。廊下で彼女が周辺を警戒する様子がわかった。
アランとチロルは顔を見合わせた。
「みんな気を遣ってくれたんだね」
「がるる」
チロルが床に体を投げ出した。横腹を見せた状態で尻尾を二、三度振る。アランは苦笑した。
「それじゃ、お世話になろうかな」
重い装備を外し、パパスの剣だけを腕に抱えて腰を落としたアランは、そのままチロルの体に寄りかかった。柔らな毛並みが体を包み込む。彼女の鼓動が伝わってくる。
心地よさに身を任せていたアランは不意に苦笑を浮かべた。
「立派になったよね、チロル。十年前はこんなことできるなんて全然考えもしなかった」
「にゃごろ、ぐるる」
「はは。それはそうだけど、やっぱりこうしていると子どもの頃を思い出すよ。一緒に冒険している間は、こうして寄り添って眠ったよね」
「ぐる……」
「ああ。これからは一緒だ」
人間とキラーパンサー。互いの言葉を喋ることはできなくても、互いの気持ちと意志は伝わる。
失われた十年を忘れ、笑顔と興奮に満ちていた子ども時代を思い出すかのように、二人は互いの体温を感じながら静かに眠りについた。