【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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180.ルラフェンの朝

 

 深く寝入ってしまった。

 アランが気がついたときにはすでに空は白み始め、周囲には仲間たちが思い思いに体を休めていた。

 

 チロルが小さく鳴く。アランは微笑んで彼女の毛並みを撫で、静かに立ち上がった。チロルを引き連れ、表の井戸まで出る。

 大きなあくびをひとつかみ殺し、冷たい井戸水をくみ上げた。軽く体を拭き、柔軟をする。奴隷時代からの癖だ。久しぶりに熟睡したせいか、今日はいまひとつ寝起きが鈍い。

 チロルもまた大きな欠伸をして、髭を動かしていた。

 

「あれ、チロルは朝に弱かったっけ」

「ぐぉん」

 

 前脚で顔を拭くチロル。そんなことはないと言っていた。

 

「じゃあ僕と一緒か」

 

 やがて身支度を終えたアランは宿のホールに戻った。そこで何やら不穏な空気を感じて眉をひそめた。

 男性と女性の客がひとりずつ、ホールにいた。大きな荷物を床に置いているところをみると、先ほど到着したばかりのようだ。このような早い時間に宿を取るとは珍しい。夜通し駆けてきたのだろうか。

 身なりからすると兵士というわけでもないだろうに、醸し出す圧迫感は強烈で、アランでも少々気圧されるほどだった。

 

 例えるなら、料理を出すのが遅れに遅れて待ちぼうけを食らわされた荒くれ者たちの輪の中に「今日は売り切れでして。他のものを頼んでくれませんか」と告げに行かねばならない給仕の心境とでも言うのか。

 

 ホールの椅子に腰掛けた女性客が延々と呪詛の言葉を呟いている。その後ろで彼女の使用人と思しき男性客が受付に向かって小声で話しかけていた。

 

「あの……オラは……えと……奥様の……部屋は……どっちが……えと……」

 

 受付が笑顔を凍らせて使用人の声を聞いている。滑舌が悪く話も要領を得ないため困惑しているのだ。

 

「あー、もう。どうしてこうなるのかしら!」

 

 ついに女性が癇癪を起こした。使用人を呼びつけて延々叱りつける。耳に響く金切り声は朝の爽やかな時間帯に聞くにはつらいものだった。

 

 アランはチロルを促し、目立たないように隅を通りながら部屋へと向かう。

 

「ルドマンの使用人を見習いなさい。あの世間知らずのフローラでさえしっかりと宿を取れていたのは使用人のせいに違いないわ。あなた、そのことが分かっていて?」

 

 振り返る。懐かしい名前を聞いた。女性は興奮冷めやらぬ様子で、とても事情を聞けるような状況ではなかった。

 階段を上りきって、アランは階下を振り返った。

 

「フローラ、ここに来てたんだ。そうだよね。デボラがポートセルミにいたくらいだから、彼女だって」

 

 天井を見る。

 

「サラボナに行けば、もう一度彼女たちに逢えるだろうか」

 

 つぶやき、すぐにアランは苦笑した。もう十年も前の話だ。こちらが覚えていても、向こうは忘れているに違いない。

 

「十年か」

 

 幼馴染のビアンカと別れたのもその頃だ。

 アルカパの宿屋で話した女将とのやり取りを思い出す。

 

『ダンカンさんたちがどちらに行かれたかは』

『さあ。行き先までは……。ただ、ひどく遠いところにあるというお話だけは伺いましたよ』

 

 この広い世界のどこにビアンカがいるのか、アランに知る術はない。

 ただ、自分がかつてフローラ、デボラと再会を果たしたように、相棒チロルとパパスの形見に再び出逢うことができたように、こうして世界を旅していれば、いずれ彼女とも再会できるはずだとアランは考えていた。

 それは自分でも不思議に思うほど、確信に満ちた予感であった。

 けれどどうして今そんなことが頭に浮かぶのだろう――戸惑いを感じつつ、アランは自室の扉を開けた。

 

 

 

 皆がすっかり目を覚ました後、アランはマーリンに呼び止められた。

 

「呪文の研究をしている男の所在がわかったそうですぞ。アラン殿、さっそく向かいましょう。善は急げですじゃ。ほらほら」

 

 老体に似合わぬはしゃいだ仕草でマーリンはアランの袖を引く。

 

「そんなに興味があるんだね」

「もちろんですじゃ。そのためにこの街に来たようなもんですわい」

「マーリン」

 

 ピエールの苦言もどこ吹く風だった。アランはマーリンの希望を叶えることにした。

 

 マーリンとクックルの案内のもと、アランは街中に出かけた。右へ折れ、左へ折れ、塀を一周し、かと思えばその下を潜り――一度では覚えきれないほど複雑な道を辿って、ようやくアランたちは一軒の民家の前にやってきた。

 

「なんか変なニオイ」

 

 スラリンとメタリンが顔をしかめる。薬草を煮立てたような異臭が漂っていた。民家の煙突からは黒煙が上がっている。

 アランは扉を叩いた。返事がない。

 

「留守、かな。でも煙は出てるし」

「アラン殿、悠長なことをせんでも入ってしまえばよいではないですか」

 

 言うが早いかさっさと扉を開けてしまうマーリン。呆れるピエールを後ろにアランは中に入る。

 一歩目で、彼は固まった。

 

「おお……」

 

 驚きの声も飲み込むような巨大な壺が、アランたちの眼前に鎮座していた。

 

 

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