【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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181.呪文研究者ベネット

 

「誰じゃ」

 

 アランたちが立ち尽くしていると、巨大壺の裏から一人の老人が姿を現わした。皺が寄ったねずみ色のローブ、寝不足で充血した目、日光に当たっていないため白く枯れた肌。部屋中に立ちこめる異臭と埃と相まって、並の魔物よりも不気味な雰囲気を醸し出している。

 老人はアランを睨んだ。

 

「なんじゃお前さんたちは。お前さんたちも煙たいと文句を言いに来たのか」

「いえ、そうではなくて」

 

 アランは手を振った。横目でマーリンを見る。まほうつかいの老人は目を輝かせて部屋の様子を眺めていた。

 

「ここに呪文の研究をしている人がいると聞いたので、興味が湧いたのです」

「なんと。それは本当か!」

 

 途端に老人の顔が輝いた。

 

「するとワシの研究を見学したいということじゃな? いやいや、若いのになかなか感心なことじゃ。ワシの名はベネット。名前くらいは街の連中に聞いたことがあるじゃろ」

「爺さんの名前なんかあたし聞いたことな――むが」

 

 メタリンの口をマーリンが閉じる。ベネットには聞こえなかったようだ。

 

 アランは差し出された手を握り返す。研究者の老人は不思議そうにアランたちを見た。

 

「時にお前さん。ええっと」

「アランです」

「アランよ、お前さんが連れておるのは、もしかしてモンスターではないのかえ」

「そうですが、僕の大切な仲間ですよ」

「ほっほう。こりゃあ珍しい。お前さんモンスター使いか」

 

 手を叩いて喜ぶベネット。

 アランの後ろでマーリンが首を傾げる。主立った仲間モンスターは変化の石を身につけている。

 

「はて。人間の目は誤魔化せるんじゃなかったかいの」

「一定以上の眼力と精神力がある者の前では、変化の石の効果はあまり意味をなさないようです」

「すると何か。ベネットとかいう老人はそんじょそこらの一般人より精神力が強いということか。人間とはよくわからんの。まあ、呪文の研究者という点は大いに興味があるが」

「この人間が特別なのでしょう」

 

 ピエールが冷ややかに言う。彼にとって、ベネットはあまり近づきたくない類の人間らしい。

 

 スラリンとメタリンが壺の前に進み出た。彼らの小さな体と並べて見るといっそう壺の大きさが際立つ。

 

「おっきいねー!」

「つかこんな無駄にデカイ壺、いったい何に使うのかしら?」

 

 ぴょんぴょんと部屋中を飛び回る二匹。彼らは壺の口に向かって立てかけられた梯子を登り、上から壺の中を覗き込んだ。

 

「うわ、ナニコレ? 気色わるッ」

「水? 光? ねえアラン、何か変なものが入ってるよ、この壺」

「こらメタリン、スラリン。危ないだろう。降りるんだ」

 

 興奮した様子の二匹をたしなめる。アランの隣でチロルも唸っていた。ブラウンがいなくなってから、彼らを止める役はもっぱらこの二人となっている。

 ベネットが言った。

 

「何ならその中に入ってみるかの」

「入るとどうなるの?」

「そりゃあお前さん、たちどころに分解されるに決まっておろう」

「……へ?」

「ちょうどスライム属の材料が欲しかったところなんじゃ。ひとつお願いできんかね」

「野菜を買うみたいな口調で言うなー!」

 

 メタリンが叫び、スラリンをくわえて急いで梯子を駆け下りた。アランの肩まで避難してからぜいぜいと息を吐く。ベネットは目を瞬かせた。

 

「本当の話じゃぞ?」

「なお悪いわよッ」

 

 気丈に叫び返しながらも、彼女はすっかり怯えてしまっている。

 

「あの、あまり僕の仲間を虐めないでください。ベネットさん」

「ワシゃそんなつもりは毛頭無いが……まあいい。それでアラン、ものは相談なんじゃが、お前さんこの研究を手伝ってみる気はないかえ」

 

 突然の申し出にアランは首を傾げる。

 

「この研究が成功すれば、古の呪文がひとつ復活することになるじゃろう。その呪文は、術者が知っている場所であれば瞬く間に移動できるというたいそう便利なものじゃ。ワシは研究でずっとここに籠もっとらんといけないし、被験者となる腕利きがいないかと思っていたところなのじゃよ」

 

 ベネットは巨大な壺を軽く叩く。

 

「研究に興味もなく、苦労も知らん人間にワシは呪文を与えたくない。だが手伝ってくれたなら、お前さんにこの呪文を授けようではないか」

「ベネットさん、ひとつ教えて下さい」

 

 アランは言った。ベネットが無意識に身体をのけぞらせる。アランの射貫くような目にたじろいだのだ。まるで魔物と相対するかのような真剣な表情に、チロルを除いた仲間モンスターたちは困惑した。

 

「その古の呪文は、光に包まれて空間を飛翔する呪文ですか」

「よく知っているの。もしかして見たことがあるのか」

 

 うなずく。ベネットは顎に手を当てた。

 

「あれは人間の間では一度失われたものじゃから、使えるとしたらごく一部の、それもかなり高位のモンスターだけのはずじゃが」

「高位の、モンスター」

「アラン、どうしたの」

 

 顔を覗き込むスラリンには応えず、アランは静かに告げた。

 

「ベネットさん。あなたの研究、ぜひ僕に手伝わせてください。その呪文、どうしても身につけたいんです」

 

 

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