【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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182.回り道の理由

 

 アランの気魄に何か感じるところがあったのか、ベネットは詮索することもなくアランたちを奥の事務机に案内した。そこに広げられた地図を指し示す。

 ベネットによると、この呪文の完成にはある材料が不可欠なのだという。

 

「名前をルラムーン草というんじゃ」

 

 アランは地図を覗き込んだ。ルラフェンの街からさらに西、大きな滝を越えた先にある草原地帯だ。一度滝の上流まで山を登り、それから草原へと降りていく道程を考えると、数日は必要だと思われた。ピエールが言う。

 

「急ぐなら、帰還は『キメラの翼』を使用するべきでしょう」

「あ、いや。それはやめてくれ。すまんが帰りも徒歩で頼むわい。ルラムーン草を入れる容器はこちらで準備するからの」

 

 マーリンがうなずく。

 

「なるほど。キメラの翼の効果がルラムーン草にどんな影響を及ぼすかわからんということかい」

「そういうことじゃ。折角遠出してまで採取する貴重な材料。帰ってきて使えませんでした、では笑い話にしかならん。それからもうひとつ。ルラムーン草は不思議な植物でな。夜にしか採取できんそうじゃ。夜になるとぼんやりと光る性質を持つから、見つけること自体は容易いと思うわい」

 

 アランはうなずいた。ベネットは満足気にうなずいた。

 

「よろしい。それではワシはお前さんたちの吉報を寝て待つとしよう」

「え?」

「ここのところ徹夜続きで寝不足なのじゃ。いやはや、いたいけな老人の体に睡眠不足はひどく堪えてな、あっはっはっは!」

 

 呵々(かか)大笑い。

 元気そのものの口調で「頼んだぞ」と言い残し、ベネットは軽快な足取りで二階に消えていった。

 

 

 

 翌日。旅の支度を調えた一行はルラフェンを出た。森林を抜け、高山台地を頂上目指して登る。

 

「あのジイサン、ホントはひとりでも来れたんじゃない?」

「なかなか面白い人間だったのう」

 

 ベネット宅でのやり取りを思い出し、メタリンがむくれる。逆にマーリンは感じ入った様子だった。

 

 緩やかに登っていく山道は整備こそされていないが、馬車連れの大人数でも何とか進むことができた。賑やかな一行の先頭で、アランはチロル、ピエール、サイモンとともに警戒に当たった。

 ふとピエールが言った。

 

「今となってはもはや詮無い問いですが、よろしかったのですか、アラン」

「ベネットさんの研究に協力したことかい」

「我々には伝説の勇者を探し出し、御母君を救出するという大きな使命があります。本来ならば真っ直ぐにサラボナを目指すべきだったのでは」

「気が変わった」

 

 アランらしからぬ物言いにピエールだけでなくサイモンも驚いた。

 アランは真剣な表情を崩さない。

 

「もちろん使命を忘れたわけじゃない。けど、この呪文はどうしても知っておきたかったんだ」

「それは、なぜです」

「ピエール。君は十年前のことを覚えているだろう。父さんを追い、ラインハット東の洞窟へ向かっていたときのこと」

 

 隻腕の騎士は首肯する。アランはチロルと二人、忠実な仲間の顔を見つめた。

 

「東の洞窟で出会った強大な力を持つ魔物――父さんを亡き者にし、僕とヘンリーを大神殿へと連れ去った『ゲマ』が使っていた呪文に似ているんだ。ベネットさんが研究している古のそれと」

 

 そう。これはアランの我が儘。

 しかし見過ごすことはできない機会。

 今までまったくわからなかった宿敵の力の一端を知ることができるかも知れない、そう考えると居ても立ってもいられなかったのである。

 

 それに、と彼は表情を緩めた。

 

「現実問題、街や村に瞬時に移動できる呪文は僕たちにとってとても重要になると思う。身につけておいて損はないよ。これは必要な回り道だと僕は考えている」

「わかりました。貴方の判断に従いましょう」

 

 一礼し、ピエールとサイモンは引き下がった。再び前を向いて歩き始めたアランは内心で自嘲めいた嘆息をする。

 

 この呪文を身につけたからといって、奴の正体がわかるわけではないだろう。奴の元へ行けるわけではないだろう。それでも動かずにはいられない。

 父さんの剣を見つけてから、どうやら僕は無意識のうちに奴にこだわり始めているのかもしれない。

 あのときのことは決して忘れない。忘れられない。

 いつか必ずこの手で父の仇を。

 

「ぐるる……」

 

 アランは我に返った。チロルが傍らで唸り声を上げている。素早く剣柄に手を掛け、周囲を警戒する。すぐに「何かがいる」ことに気づいた。ピエールたちに指示を出し、馬車の守りを固めさせる。

 馬車の幌から顔を出したマーリンが、何事かチロルと話した。

 

「それは困ったのう」

「どうした、マーリン」

「アラン殿。チロルが話していたのですが、この辺りは――」

 

 ――ひたり、と土を踏みしめる複数の音をアランの耳は拾った。音の方向に顔を向け、硬直する。マーリンは引きつった笑みを浮かべた。

 

「思いっきり『彼ら』の縄張りに当たるらしゅうて、『オマエら誰だ』と誰何を受けているそうですぞ」

 

 まほうつかいの老人が口にした『彼ら』――。

 黄色地の体毛に赤の鬣をなびかせたキラーパンサーの群れが、木陰や岩陰から次々と姿を現した。

 

 

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