【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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183.【仲間モンスター回】チロルの魅力と闘争本能

 

 地獄の殺し屋キラーパンサー。彼らは基本的に単独行動を取ることが多いが、獲物を狩るときは数匹で協力することもある。

 今、チロルたちの目の前に現れたキラーパンサーは三匹。顔付き、体付きが似ているところを見ると彼らは互いに『きょうだい』なのかもしれない。

 ――私と同じくらい、かな。

 アランを庇うように一歩前に進み出たチロルは思った。

 

 先頭に立った雄が威嚇の唸りを上げた。

 

『おい。何で同族が人間たちと一緒にいる。しかも後ろの連中は何だ。ぞろぞろと数を揃えやがって』

『ニイチャン、あんま刺激しない方がいいよう。あっち、数が多いんだし』

『あん!? 俺たちキラーパンサーが人間ごときに気後れする必要なんてねえだろうが』

『母様や父様からは注意されていたハズだけどね。ここを通る奴らに手当たり次第噛み付くな、って。それは誇り高いキラーパンサーのやることじゃない、って。ちょっと聞いてる? 兄様』

 

 猛る雄の後ろでやや小柄な雄と雌が嘆息混じりにたしなめる。一番体の大きな雄が兄で、後ろに控えるのはその弟と妹らしい。

 無理に戦わなくても済みそうな相手に見えた。

 

 チロルはアランを振り返った。義兄の意志を確認すると、アランはうなずいた。

 

「避けられるなら避けよう」

『わかった』

 

 爪を収めたまま更に前に出る。後ろでクックルが慌てた。

 

『チ、チロルお姉様。ほんとにお一人で大丈夫なんですの!?』

『まずは説得よ。だから落ち着いて、貴女はアラン兄さんの指示に従いなさい』

 

 静かに仲間に告げる。極力刺激しないようにしたつもりだったが、相手は警戒心を強めてきた。兄雄が道の真ん中に進み出て、行く手を塞ぐ。弟雄と妹雌は仕方ないといった様子で後ろに付く。

 サイモンが囁いた。

 

『チロル殿、護衛は必要?』

『大丈夫。一人でやるわ。たぶん、何とかなる』

『わかった。気をつけて』

 

 チロルはキラーパンサーきょうだいと相対した。兄雄は牙を覗かせている。チロルは落ち着いて言った。

 

『私たちはこの先の草原に行きたいだけなの。あなたたちの住処を荒らすつもりはないわ。だから通してもらえないかしら』

『アンタ、そりゃ本気で言って――』

『うわあ! ニイチャン、ニイチャン。このヒトすっごい美人だよ』

『ほんと。毛並みが凄く綺麗』

『お、おまえらなあ。ちょっとはキラーパンサーの威厳っつーもんをだな』

『でもニイチャン。ニイチャンこそ唸ってるだけでまともにあのヒト見てないよね』

『ばッ、馬鹿かおめえは!』

 

 ――とても仲の良いきょうだいね。

 チロルは目を細め、髭を揺らした。

 彼女は純粋に、キラーパンサーきょうだいのやり取りを微笑ましく思っていた。

 三匹が三匹ともチロルのことを『美人だ』と言っていることは気にしていない。自分のことを褒められているとは露とも思っていない辺り、チロルはアランとよく似た性格の持ち主だった。自分の容姿とその魅力には頓着していない。自分より美しく強い者は他にたくさんいるはずだ、と。

 むしろ、目の前でじゃれ合うきょうだいの姿に羨望すら感じてしまう。彼女は長い間一人であったのだ。

 

『おねがい』

 

 チロルは警戒を緩めて頼み込んだ。無自覚な美貌に真っ直ぐ見つめられて、威勢の良かった兄雄がしどろもどろになっていく。

 

「おーいチロル。そのまま色仕掛けで落としてしまえー」

『そうですわ! 今こそお姉様の魅力を同族に知らしめる時です!』

 

 後ろで勝手なことを言うマーリンとクックルに尻尾を振って応える。

 そんなこと私にできるわけないでしょ、と思いながら相手の出方を窺った。とにかく説得できるものなら説得して、何事もなくこの場を通過するのがアランの希望だ。自分も同感――と考えたところで、ふと、いかに自分がキラーパンサーらしくないかに思い至った。

 ――いいわ。私は私。これからもアラン兄さんと一緒にいるのだから、これくらいでちょうどいい。

 泰然と佇む彼女の立姿は、眩い陽光の下で輝いていた。キラーパンサーきょうだいの目が釘付けになる。

 だが、それは兄雄にとって重圧でもあったようだ。

 

 突然、兄雄が猛然と吼えた。

 

『ここは通さねえッ! 通りたくば俺を倒してから行きな!』

 

 言うが早いか、飛びかかってくる。後ろの弟妹が大いに慌てた。

 チロルは相手の目を見つめる。わずかに身を屈め防御の姿勢を取るが、その場から動くことも爪を立てることもしなかった。

 

『お姉様!』

 

 クックルを始めとした仲間たちが飛び出そうとするが、アランが素早く制止した。

 

 兄雄の爪がチロルの肩に食い込む。

 凍ったように静止する二匹。

 チロルはほんのわずか眉間に皺を寄せ、言う。

 

『満足した?』

『う……』

『爪に迷いが混じっている。これで気が済んだら、今度こそ落ち着いて話をしましょうか』

『う、うるさい。人間に味方するような奴の言うことなんか、聞けるかよ……』

『そうか』

 

 不意にチロルの口調が変わった。

 

『あくまでも戦うと言うのなら、仕方ない。私とて大事な仲間まで傷つけられるのは我慢ならない』

 

 牙が剥き出しになる。爪が砂利を抉る。傷口のわずかな出血が流れを止め、代わりに兄雄の爪を逞しい筋肉が食う。

 

『最初に言っておく。この程度の力で私を倒せると思うな』

 

 兄雄の爪が抜ける。チロルの体から血は流れなかった。ふらつきながら後退る兄雄に向かって、チロルは雄叫びを叩き付けた。

 

『それでも()るか、雄!』

『う、うわああああっ!』

 

 気魄だけで勝敗が決した。

 文字通り尻尾を巻いて逃げ出した兄雄は、そのまま岩陰に身を潜めてしまった。

 弟と妹はチロルに向かって頭を下げると、隠れた兄雄の身体を尻尾で叩き始める。あんな凄い人になんて大それたことを――などという叱責が聞こえてきて、チロルは戦闘態勢を解いた。傷口を舐めるフリをして、深くうなだれる。

 

 ――ああ、やってしまった。

 

 頭に血が上ると時折荒々しい闘争本能を剥き出しにしてしまう。よりによってアランの前で、しかも彼の言いつけを破る形でその姿を見せてしまうとは。

 チロルはぽつりとつぶやいた。

 

『やっぱり私はキラーパンサーだわ。アラン兄さん、ごめんなさい』

 

 

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