【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
野営で一夜を明かし、夜明けとともに先を急ぐ。
しばらくして高山台地の頂上部分にたどりついた。
そこはヘラで切り取ったようななだらかな平地となっていた。
台地の中央には湖があり、そこから流れ出た川が大滝となって、台地の麓にあるさらに大きな湖へと繋がっている。美しい自然は湖畔の台地と言っても良いほどだ。
周囲はほとんどが丈の低い植物で覆われている。視界を遮るものが少なく、見晴らしがよかった。
「ねえ。放っておいていいの、アレ」
アランの左肩に乗りながらメタリンが目を細める。反対側の肩に乗るスラリンは楽しそうだった。
「きっとチロルに謝りたいんだよ。きっといい人たちだよ」
「だからって、あんな風に付きまとわれるとすっっっっごくキモチ悪いんですけど!」
アランは二人のやり取りに苦笑する。
馬車から数十歩離れた場所。
乏しい物陰に必死に体を押し込めながら、あのキラーパンサーのきょうだいたちが顔を揃えてこちらをうかがっていた。アランたちが進むと、彼らは次なる物陰を探しながらついてくる。
マーリンが訳知り顔で口角を上げる。
「いやはや、さすがですのお。さっそく三匹も虜にしたと見える。やはりチロルは大したものじゃ」
「クルルッ! クックルー!」
クックルまで嬉しそうに飛び跳ねている。
先頭を歩くチロルが唸りながら尻尾を振った。「ほっといて」と拗ねているようだった。アランは彼女の背中を軽く叩いた。
「チロル。もし良かったら彼らともう一度話してみるかい」
「ぐるる……」
「そう気を落とすことはないよ。チロルはチロルでできることをしてくれたと思ってる。礼は言っても、責めたりはしないさ。誰もね」
「にゃぐお」
「そうさ。それに、実を言うと僕は嬉しいんだ。こうして野生のモンスターとも仲良くなれるなんて、チロルも僕と同じような力を持ってるんだなって考えるとさ。何だか本当のきょうだいみたいで嬉しい」
「いやあ。魔物使いのアラン殿と飛びきりの美人戦士のチロルとでは発揮する力の方向性が違うんじゃがのお。ほれリーダーさんや、お前はどう思う」
「翁。貴方は少し黙ってなさい」
隻腕のスライムナイトが言い、さまようよろいが剣の柄に手をかける。一行の中でも一、二を争う実力を持つふたりに凄まれ、マーリンはそそくさと馬車の中に引っ込んだ。
「なんじゃいなんじゃい。ちょっとした冗談じゃろうに。よってたかって年寄りをいじめよって」
幌の中から呪詛の声が聞こえた。
小さく息を吐いたピエールがアランに尋ねる。
「しかし、本当にどうなされますか。少なくとも彼らがこちらに興味を持っているのは事実。今度は仲間になるよう説得しますか」
「いや、それはしない。彼らの好きにさせよう。あちらの気が変わらない限り、こちらも手を出さない。皆にもそう伝えて」
「御意」
「さあ急ごう。日没までには目的地に到着しなければ。野営の準備もあるしね」
アランはそう言って外套を翻す。
それから歩くこと半日――辺りに夜の帳が降りる。
一行はようやく目的の草原地帯に足を踏み入れていた。夜風に乗って微かな湿気が肌を撫でる。歩きづめで火照った体に心地良く感じる冷気だった。
ドラきちが偵察役として飛び立ってしばらく経った頃、アランたちは野営の準備を終えた。わずかな灯りが一行を幻想的に照らし出す。
仲間の勧めで仮眠を取っていたアランは、近づいてくる気配に目を開けた。闇の奥から何やら大きな肉をくわえたチロルが歩いてくる。その背にはドラきちの姿もある。
「肉は例のキラーパンサーたちがくれたそうです。日中の詫びだと」
チロルの報告をピエールが訳す。
「それから、同じく彼らの助力でルラムーン草と思しき植物の群生地がわかったとのことです」
「親切な子たちなんだな。わかった。ありがとう」
アランは立ち上がった。
「ご苦労様。さっそく出発しよう。マーリン、留守をよろしく頼むよ。あと、この肉も」
「お任せなされ。我が知恵を持ってすれば、たちどころに日持ちする携行食糧に変えてご覧にいれましょう。ほれコドランや、手伝ってくれい」
真面目なドラゴンキッズを呼び、熱心にその方法を伝えるマーリン。
アランはチロルに向き直った。
「彼らとは友達になれたかい?」
チロルは気恥ずかしそうに喉を鳴らす。彼女にしては珍しい仕草だったが、アランは素直に良いことだと思った。もう姿の見えなくなったキラーパンサーたちに心の中で礼を言った。
チロルとドラきちの案内で草原地帯を進む。月の涼やかな光に照らされ、大地の草々は深い色合いに染まって揺れる。
やがて腰ほどの背丈がある植物の群生地に辿り着く。水の匂いを感じながら分け入ったアランは、軽く息を呑んだ。
「これは、すごいな」
背の高い草に守られるように、淡い蒼に輝く植物が身を潜めていた。
周囲は湿地帯で、広がった水面に蒼の輝きが映り込んでいる。わずかな明滅を交互に繰り返す様は、まるで蒼穹が大地に降りて寝息を立てているようだった。
間違いない。ルラムーン草だ。
保管容器を取り出し、ルラムーン草のひとつに手を伸ばす。先端が尖った葉に触れると、蒼い光が手に柔らかく絡まった。温かな熱を感じる。
チロルが匂いを嗅ぐ。
容器に収まったルラムーン草を見て、ピエールは感じ入ったように言った。
「なるほど。確かに強い呪文の力を感じます。まさかこのような場所に、このような特殊な植物が群生していようとは知りませんでした」
「食べたらだめだよ、メタリン」
「……スラリン。あんた、最近あたしのことバカにしすぎじゃない?」
ルラムーン草の美しさに見とれてか、メタリンの悪態にいつもの勢いがない。
必要な数を採取し終わり、アランは仲間たちに告げた。
「よし。一度野営地に戻ろう。今日はこのまま夜を明かして、夜明けと共に出発だ」
首肯するピエールたちの前で、アランは容器を天に掲げた。月と重ね合わせると、まるで虹を見ているような不思議な輝きを目にすることができた。