【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
翌日。一行は夜明けと共に野営地を発った。再び湖畔の台地を登りルラフェンを目指す。
道中、魔物との遭遇戦が何度かあったが、あのキラーパンサーのきょうだいに会うことはなかった。
当初、どんなに急いでも一泊程度の野営は必要かと考えていたアランだが、気がつけば夕方の入りには台地を降りる道まで戻るこができた。驚くほど順調な旅路だった。
傾き始めた太陽を見つめ、もう少ししたら野営を指示しようと考えていたアランは、ふと口元を綻ばせた。傍らを歩くチロルの背を軽く撫でる。
「ほら、チロル。見てご覧、見送りが来ているよ」
仲間たちと共に振り返った先、突き出た崖の上に十数頭のキラーパンサーが立っていた。陽光を背にアランたちを見つめている。見覚えのある三頭分の
キラーパンサーたちが吼えた。一斉に、長い余韻を残して、遠吠えが岩と滝と森の台地に谺する。
「これまた壮観ですな」
耳を押さえ、言葉ほど感激した様子はなくマーリンがつぶやく。
チロルは四肢を踏みしめ雄々しく吼え返した。あまりの声量に、スラリンとメタリンが驚いてひっくり返る。
ピエールが言った。
「これが彼らなりの送別の証なのでしょうね」
「事情を知らん奴らからすれば震え上がるところじゃよ。まったく老骨には染みるわ」
マーリンが首を横に振りながら応える。
チロルが何事か唸った。
「強き者に敬意を払う。それが彼らの考え方のようだ――と、チロルは申していますよ」
ピエールが代弁する。
アランはキラーパンサーたちに手を振った。彼らはもう一度遠吠えを返した。
「もしかしたら彼らが道中の安全を確保してくれたのかもしれないな」
そうかもしれない、と隣のチロルが小さく唸った。
ルラフェンに辿り着いたのは、翌日の夕暮れ時だった。まだ眠りにつくのは早い時間帯ということもあって、アランは宿の確保より先にベネット宅を訪れた。相変わらず鍵のひとつもかけられていない不用心な扉と、隙間から吹き出してくる独特の異臭に辟易しながらも、彼はベネットの名を呼んだ。
だが返事がない。
わずかに逡巡した後、アランたちは家の中に入った。部屋の隅に焚かれた松明の光が、中央に鎮座する巨大壺を不気味に照らし出す。壺の周辺にベネットの姿はない。二階を見上げ、まさかとは思いつつ階上へと上がる。
年齢を感じさせない豪快ないびきが聞こえてきた。乱雑な部屋の隅に設えられた寝台で、ベネットが普段着のまま大の字になっている。実に幸せそうな寝顔だった。
おもむろにメタリンが寝台に上がる。アランが止めるより先に、彼女はベネットの腹の上で飛び跳ねた。
「な、何じゃ何じゃ!?」
「うっさい! あんた、何平和な顔で爆睡してんのよ! こっちは必死こいてルラムーン草を探してきたっていうのに!」
「おお、採取してきたか! ご苦労ご苦労。早速作業に入ろう。ほらほら、そこどいてくれ」
寝起きとは思えぬ機敏な動きで立ち上がり、そのまま軽い足取りで一階へと降りていくベネット。押しのけられたメタリンはころころと床を転がる。その理不尽な扱いに、彼女は半泣きで唸っていた。「さすがに今回は彼女が可哀想じゃのう」とマーリンが言った。
ベネットの後を追い再び一階に降り立つと、辺りはいつの間にか熱気で包まれていた。
「これは」
散らかった怪しげな実験室――そんな印象があった部屋の中が、不思議な輝きに満たされていた。放置された書類や実験道具の下で、床や壁が蒼く発光しているのだ。目を凝らすと、それらは様々な種類の紋様が集まり組み合わされたものだとわかった。
「古の呪文は強い力を持っているのが常じゃからな。呪文復活の余波で家が吹き飛ばないための仕掛けじゃよ」
ベネットの声に振り返り、アランは目を丸くした。
先程まで大いびきをかいていた老人が、その身体に呪文の光を纏いながら宙に浮いている。彼の視線は大壺の中に注がれている。床の蒼い輝きに照らされたベネットの表情は、魔物に対峙する戦士のような気魄に溢れていた。
マーリンが耳打ちをする。
「浮遊の呪文はいまだ体系化されていない未知のもの。わしら魔物が『本能で使用する』力ですじゃ。只者ではないと思っとりましたが、よもや人の身でこれほどの遣い手とは驚きですのう」
「うん。それにこの部屋の結界も」
「呪文研究者の名は伊達ではないですの。この『実験』と称する儀式、肝を据えて取りかかる必要がありそうですじゃ。アラン殿、そのつもりでいなされよ」
うなずく。
「そろそろか。ルラムーン草をここに。アランは壺の正面へ。そう、そこに立っておれ」
ベネットの指示にアランたちは素直に従う。容器ごとルラムーン草を受け取ったベネットは「いくぞ」と静かに告げた。
伸ばした手から容器が落とされ、大壺の中に沈む。謎の物体が満たされているにもかかわらず、水音は一切しなかった。
刹那の静寂――変化は突然にやってきた。
大壺が不自然な震動を始め、その口から大量の蒸気を吐き出した。室内に満ちた蒸気は結界の蒼光を巻き込んで螺旋を描き始める。まるで光の風刃呪文を目の当たりにしたような光景に仲間たちは息を呑む。
アランは頬に汗を流す。光嵐の矛先が自分に向けられていることに彼は気づいていた。
そして――。
「さあ、古の呪文の復活じゃ。アランよ、光をその身に受け入れ、古代の叡智に心を委ねるのじゃ!」
ベネットの言葉と同時に、アランの元へ光が押し寄せてきた。
無音の爆発が起こった。