【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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186.古の移動呪文ルーラ

 

 ほんのわずか、意識を失っていたらしい。

 我に返ったアランは、蒼い輝きを失った床から身を起こした。室内は夜の闇が染みかけている。大壺の輪郭が暗闇に包まれ、不明瞭になっている。

 

 頭上に気配と羽音した。主が立ち上がったことに気がついたドラきちとコドランだ。

 

「コドラン、灯りを頼む。ドラきちは皆の様子を確認してくれ」

 

 二人は短く鳴いて飛んでいく。アランは額に手を当て、二度三度、深呼吸をする。心音は落ち着いているし、身体に痛みはない。

 ただ――頭の奥底で血流ではない『何か』が巡っているような奇妙な感覚がある。

 

「もしかしてこれが、古の呪文なのか」

「おー、いたた。おぉい、すまんが起こしてくれ」

 

 ベネットの声が聞こえた。コドランが灯した燭台の下で老研究者は横たわっていた。呪文の効果が切れて落下し、したたか腰を打ち付けたのだろう。

 ベネットを助け起こし、回復呪文をかける。老人は大きく息をついた。

 

「やっと痛みが引いたわ。アラン、お前さんはなかなか優れた癒やし手じゃな。見事なガタイをしておるから、てっきり肉弾戦専門だと思ったぞ」

 

 豪快に笑うベネットだったが、直後、彼は表情を引き締めた。

 

「さて。ワシの考えが正しければ、今ので古の呪文がひとつ復活したはずじゃが。アランよ、どうだね。呪文の存在、感じるか」

「おそらくこれじゃないかな、というのは。ただ、まだ漠然としていて、上手く使える確信は持てません」

「なるほど。後天的に植え付けられた呪文は定着が遅いというわけじゃな。ま、ある程度は予測できたこと。心配せんでもええよ。手はある」

「と言うと?」

「美味いもんたらふく食って、一晩ぐっすり寝れば万事解決するということじゃ。そう、はるか古代から健全な精神力は健全な肉体に宿ると言うからの。その点、おぬしは大いなる素質がある。何せその身体じゃ。食事、睡眠だけで何とかなるじゃろう。あっはっはっは」

「つまり定着に一晩ほど時間が必要なのですね」

「まあそういうことじゃ」

 

 真面目に返答され、どことなくばつが悪そうにベネットがうなずく。

 

 儀式の余波で倒れていた仲間たちが次々と目を覚まし、集まってきた。呪文研究者の老人は咳払いをひとつした。

 

「今日のところは宿に戻るとええ。明日、もう一度ワシを訪ねてきなされ。そのときに呪文の名と、その使い方を授けようぞ。それからアラン」

「はい」

「お前が身につけたのは移動系統の呪文。しかし焦りは禁物じゃ。まずは同行する仲間を二、三人に絞れ。ワシの考えだと、慣れないうちは大人数を一度に移動させることはできん。もちろん見送りは構わんがね」

 

 そう言ってベネットはアランたちを宿に帰した。

 

 

 翌日の早朝。

 素直なアランは言いつけ通り十分な食事と休養を取った。おかげで心身ともに完全回復している。昨晩感じていた頭の中の違和感は、もう消えている。不安はなかった。

 再びベネットの家を訪れるが、今度も返事がない。

 

「あのじいさんに遠慮することないわよ」

 

 メタリンに促され家に入る。すると、寝床で大いびきをかくベネットの姿を見た。

 メタリン怒りの一撃に渋々目を開けた呪文研究者は、文句を垂れながら準備を始めた。

 

「頑張った昨日の今日なんじゃから、もちっと空気を読んでくれてもいいじゃろうに」

「アンタが言うな!」

 

 ご立腹のメタリンをこれ以上刺激しないようにと、チロルが嘆息しながら彼女を余所へ運んだ。

 

 その後、ベネットはアランたちを街外れへと案内した。ベネット宅からほど近い、街の裏手の出口に集まる。

 ベネットがたずねた。

 

「それで、アランと同行するのは誰じゃな」

「私が。後はこの二人で」

 

 ピエールが進み出る。その後ろにはチロルと、彼女の上に乗っかったスラリンがいた。昨晩、仲間と話し合って決めた面子だった。ベネットはうなずいた。

 

「では四人集まってこっちへ。さてアラン。一晩経ってだいぶ『掴めて』きたかね」

「はい。大丈夫です」

「よろしい。今回お前さんが身につけた古の呪文、その名を『ルーラ』と言う。お前さんが訪れ、かつ記憶に残っている場所ならば一瞬で移動できる非常に便利な呪文じゃ。無論、いくつか制約はあるがな」

 

 ベネットは説明する。ルーラはその性質上、屋内や洞窟内等で使用すると難易度が急上昇すること、一度に大量の人員を運ぼうとするとそれだけ精神力を消費すること、また世界中のどこにでも行けるわけではないこと。

 

「じゃが使用方法自体はそう難しくない。行きたい場所を思い浮かべ、精神を集中し、ルーラと唱える。これだけじゃ。後は使って慣れていくしかないわな」

「危険は?」

 

 ピエールがたずねるとベネットは呆れたように言った。

 

「そんなもの、術者であるアラン次第じゃ。あらゆる呪文と同じじゃよ」

 

 アランに向き直るベネット。

 

「今日は最初の一歩。まずはアランが一番思い浮かべやすい場所に飛んでみるのがよかろう。帰還が難しいならキメラの翼を使えば良い」

 

 どこに行くかと聞かれてアランは瞑目した。

 最初の行き先についてはすでに心に決めている。

 ピエールたちにうなずきかけ、アランは精神を集中した。一晩経って馴染んだ呪文の感覚を呼び起こし、次いで行き先を脳裏に思い浮かべた。

 山と草原と大河に囲まれ、今まさに復興への道を一歩ずつ進んでいる街の姿を、頭の中で鮮明に描いたとき――蒼い輝きがアランたちを包み始めた。

 体が浮かぶ。

 アランは眦を決し、高く腕を振り上げた。

 

「行くよ、皆。――ルーラ!」

 

 次の瞬間、球体の光に包まれたアランたちは天空に向かって高々と飛翔した。そして蒼の軌跡を残し、北東へと進路を変える。地表ではベネットが「成功じゃ!」と叫んでいた。

 アランは蒼の空と白雲の先を見据えた。

 

 ――目指すは大国ラインハット。親友が復興に尽力するあの街である。

 

 

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