【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
ルーラ――間違いなく『あの呪文』と同じだ。
十年前、父パパスを屠り、自分とヘンリーを大神殿まで連れ去った魔導師ゲマ。この宿敵が使った呪文の輝きと飛翔の感覚をまざまざと思い出す。アランを包む光はゲマのそれよりも澄んでいたが、アランは心穏やかではいられなかった。
上空を高速で飛翔する間、精神力が大きく削られていく感覚を味わう。これほどの呪文をゲマは難なく使用していた。アランより数段速く、そしてさらに高く――改めて、自らが仇とする相手の力を痛感した。
ルーラの光に導かれたアランたちは、唐突に下降を始める。
凄まじい勢いで近づいてくる地面に、アランは「止まれ」と心の中で強く念じた。しかし甲斐はなくアランたちは半ば墜落するように大地に叩き付けられる。視界が反転する。
「アラン、無事ですか」
すかさずピエールとチロルが駆け寄ってきた。スラリンも含めて仲間たちは無事だった。地面に横たわり全身を貫く痺れに呻きながら、アランは苦笑いを浮かべる。ルーラによる着地失敗の衝撃はほとんどが術者に向かうようだった。
「大丈夫、だよ」
「その様子で何が大丈夫なものですか。今癒やします。チロル、アランを乗せてください。宿に向かいますよ」
ピエールがホイミを唱え、チロルがアランに背に乗るよう促す。スラリンは心配そうな顔でアランの回りと跳ねている。
アランは自らにベホイミの呪文を唱えて、ゆっくりと立ち上がった。ピエールが苦言を重ねる。
「またあなたは。無理はなさらないでくださいと申し上げているではありませんか」
「ごめん。だけど本当に大丈夫。このまま城に行こう」
「しかし」
「自分の足で歩いて、ラインハットの街を見てみたいんだ。ルーラの最初の行き先をここに選んだのは、そのためなんだから」
ピエールとチロルは顔を見合わせ、「仕方ない」と首を振った。
仲間たちを連れ、アランは城門をくぐる。
目抜き通りには、朝陽が斜に差し込んでいる。
商人が店の準備をしている。朝の散歩をする人がいる。動物の姿が、飛翔する鳥の煌めきが、一日の始まりを予感させる活気が、目抜き通りに蘇っていた。
「良かった。ラインハットは確実に復興している」
「いつものことながら。あなたはご自身のことより盟友の故郷のことを気になさるのですね」
「ラインハットを出るときの約束だったからね」
それから一行は目抜き通りを北上し、壮麗な城へと足を進めた。巨大な跳ね桟橋は降ろされ、すでにいくつかの商隊が出入りをしていた。彼らの脇を通りながらピエールは言った。
「これほど早く活気を取り戻すとは、少々驚きました」
外門を通り抜け、奥門へ行く。衛兵の姿を見たアランはデールからもらった通行証を取り出す。それを見せる前に、衛兵の方から声をかけられる。
「もし。失礼ですが、貴方はアラン様ではありませんか」
「ええ。そうですが」
「おお、やはり。よくお越し下さいました。覚えていらっしゃいませんか。私です。トムですよ」
アランは目を大きく見開いた。もちろん覚えている。ラインハット国境を守っていた兵士で、ヘンリーのことを昔から知る男だ。
「ヘンリー様のご厚意で、此度、こちらに配属換えとなりまして。こうしてアラン様にお目にかかれたのも、神の思し召しなのでしょう」
感激に瞳を潤ませたトムは同僚に合図し、内扉を開けた。アランは慌てる。
「いいのかい、通行証を見なくても」
「何を仰いますか。あなた様をお引き留めしたとあっては、私はヘンリー様に袋だたきにされてしまいます。さ、どうぞ中へ。謁見の間までご案内しましょう」
喜色満面のトムに文句を言うわけにもいかず、アランは城内に入った。
絨毯を踏みしめると、喜びと平穏の空気がアランたちを包んだ。
床、窓、調度品、全て綺麗に清められている。『華美』と表現するよりは、年月の経過した『落ち着き』を感じる光景であった。
アランは思わず声に出して笑った。トムが驚いて振り返る。
「どうかなされましたか?」
「いや。十年前と変わらないなと思って」
遠く懐かしい思い出に浸るアランに、ラインハットの衛兵は微笑みを返した。
やがて見覚えのある螺旋階段に辿り着く。トムの役割はそこで終わりだった。
「謁見のご予定はありませんが、アラン様のお出でとあっては陛下も否とは言いますまい」
およそ衛兵らしくない台詞を残し、トムは持ち場に戻った。
アランたちは階段を上った。書類を抱えて忙しそうに駆け下りる文官とすれ違う。額に汗をかきながらも、文官の横顔は生気に満ちていた。
玉座の間まで来る。そこにいた大臣が怪訝そうにアランを見る。次の瞬間彼は驚きに口を開け、来訪者を王に伝えた。
アランが最後の一段を上り終えたとき、青年国王は立ち上がってアランを迎えた。
「アランさん、お久しぶりです。ようこそお越し下さいました!」
「ごめんね、デール。突然来てしまって」
常の言葉遣いで応える。それでは失礼だと思い直し、敬意を表して膝を突こうとして、デールに止められた。
青年王の表情は見違えるほど明るくなっていた。以前にはなかった、人の上に立つ者の静かな威厳と自信も垣間見えるようになっていた。
デールはアランの両手を握ると、側近に場を預け、奥の私室へとアランを案内した。かつて、偽太后の事件の際デールと話し合った部屋とはまた別の場所だった。さらに私室の奥には扉があり、そこから螺旋階段が上へと延びていた。
外光を取り入れた明るい通路を歩きながら、デールは弾んだ声で言った。
「せっかくお越し頂いたのです。ぜひ兄さんたちにも逢ってあげて下さい」
「ヘンリー『たち』?」
「きっと喜びますよ」
首を傾げるアランに、デールは悪戯っぽく片目を閉じた。