【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
窓の外を見るとラインハットの城下町が一望できた。おそらく、城の中でも一番高い場所なのだろう。謁見の間から螺旋階段で繋がっているところをからすると、外からも見えた尖塔だろうか。
「何だか昔を思い出すな」
デールの後ろを歩きながらひとりつぶやく。すると隣のチロルがこちらを見上げてきた。妹分は浮かない顔をしていた。アランは苦笑する。
「大丈夫だよ。もうこの城には虐げる人間はいないさ」
チロルは小さく唸った。
やがて一行は最上階の部屋に辿り着く。扉の前には衛兵が立ち、デールに向かって敬礼していた。彼は王の後ろに立つアランの姿を見るなり目元を緩め、自ら道を開ける。
デールが扉を叩く。
「僕だよ。今いいかい」
「おう、いいぜ。入んな」
部屋の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。デールはアランを振り返り、「静かに」と口に指を立てた。それから室内に入る。
「ごめんね、休憩中に」
「いんや。それよかどうした、デール。お前が執務中に抜けてくるなんて珍しいじゃないか」
「ちょっと大事な用があってね。さあ、どうぞ中へ」
デールに促され、アランは室内に入った。
そこには見慣れない王族の服に身を包み、目を丸くしたヘンリーの姿があった。彼が何かを言うより先に、デールが微笑みを浮かべて言う。
「今日はアランさんが訪ねて下さったから、お連れしたんだよ」
「お、おおおっ!」
大声を上げてヘンリーが抱きついてきた。背に回した手で肩甲骨の辺りを何度も強く叩く。
「アラン、アランじゃねえか。いや、久しぶりだなあ」
「でもそんなに時間は経ってないって。いてて」
背中を軽くさする。アランの肩口からスラリンが飛び降り、ヘンリーの頭に登った。
「ヘンリー、ヘンリー。ひさしぶりっ」
「おお、スラリン。元気そうだな。どうだ、メタリンとはうまくやってるか」
「うん。最近メタリン怒りっぽくて困ってるんだよ」
「どうやらお前の方が成長してるみたいだな。何にせよ、楽しくやってそうじゃねえか。結構結構」
「王兄。あなたも相変わらずのご様子ですね」
ピエールの言葉にヘンリーは苦笑した。
「そのビミョーに引っかかる物言いも変わらずだな、ピエール。ちゃんとアランのこと守ってるか」
「無論」
「だよな。で、だ」
ヘンリーは興味深そうにアランの傍らに立つ獣を見た。
「そのでっかいのはもしかして……チロルか?」
「うん。ラインハットを発った後、旅先で再会したんだ」
ヘンリーの目が遠くを見るものになる。
「そうか。ちゃんと生きてくれてたんだな。よかったぜ、本当に」
頭を撫でる。彼女は大人しくされるがままでいた。しばらく感慨深そうにしていたヘンリーは、ふと真顔に戻ってアランに言う。
「俺もさ、お前と再会できたら必ず言おうと思ってたことがあるんだ」
「言おうと思っていたこと?」
「実は――」
そのとき。
居室の奥の間が開いて、中から一人の女性が出てきた。差しこむ外光を受け、金髪が鮮やかな輝きを放つ。着ている純白のドレスと相まって、見る者に神々しささえ感じさせる美しさが彼女にはあった。
女性はアランたちを見るなり顔をほころばせた。
「まあ、アランさん。お久しぶりです」
「マリア、どうして君がここに」
ヘンリーを見る。彼は頬を赤らめながら咳払いした。
「結婚したんだ。俺たち」
「はい」
ヘンリーの隣に歩み寄ったマリアが淑やかに頷く。
アランは一瞬呆気に取られたが、すぐに喜びを顔に浮かべた。
「そうだったんだ。ごめん、お祝いも言えなくて。ヘンリー、マリア。結婚おめでとう」
「よせやい。改めて言われると恥ずかしい」
「あら。お歴々の方々にはあんなにも堂々とされていたのに」
「こいつは特別なんだよ」
肩に腕を回される。マリアは口元に手を当てて笑った。その仕草はもはや王家の人間と言っても遜色ないものだった。彼女の人徳と気品がなせる技だとアランは思った。
「本当はお前も結婚式に呼びたかったんだが、連絡がつかなかったし、何より使命を背負って旅をしているお前を呼び戻すのは気が引けてな」
「そんなの気にしなくて良かったのに」
「ま、お前ならそう言うだろうとは思ってたがよ。今日はその分、思いっきり自慢してやる。どうだ、俺にはもったいないくらいの美人だろ」
「知ってるよ」とアランは苦笑した。
「本当はマリアもお前のことが好きだったのかもしれんが、そこは勘弁してくれ」
「まあ、あなたったら。アランさんには私よりももっと相応しい女性がきっと見つかりますわ」
マリアが頬を赤らめる。「な、可愛いだろ?」と惚気る親友にアランは肩をすくめた。
デールは公務を理由に謁見の間に戻り、マリアも茶を淹れるためその場を離れる。豪奢な椅子にアランと向かい合って座ったヘンリーは、じっと親友の顔を見た。
「お前もいろいろと苦労しているみたいだな」
「まだ何も言ってないよ」
「顔を見ればわかるさ。俺と旅をしていたときよりもずっと精悍な顔付きになってやがる。でもよアラン」
真正面から、ヘンリーが言う。
「お前は、その苦労をともにする女性が欲しいとは思わないか」
アランは黙った。
これまで旅をする中で魅力的な女性に出会ってきた。そして今、こうして親友が生涯の伴侶を選び、幸せな家庭を築いているのを見ていると、その眩しさに心が揺らぐ。
仲間モンスターたちは黙っていた。スラリンでさえもアランの肩に大人しく収まり、主が何と応えるのかじっと待っている。
マリアが紅茶を持ってきた。陶器の器が鳴る音がはっきりと聞こえるほどの空気を察したのだろう。彼女は紅茶を二人の前に置くと、静かに礼をしてその場から離れた。
アランは静かに首を横に振った。今は考えられない、と無言で伝える。
ヘンリーが大きく息をついた。
「母親を助け出すのが先決というわけ、か。しかしアラン。その母親が一番お前の幸せを願っているはずだぜ」
「幸せ……」
「まずお前が、お前自身が幸福になること。それからでも遅くはないさ。お前はもう十分に、幸せになって良い資格があると俺は思うぜ」
そう言って、ヘンリーは紅茶に口を付けた。