【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

192 / 227
192.美しい侵入者の誘い

 

 その夜。

 久しぶりに柔らかな寝台に身を委ねていたアランは、ふと目を開けた。目だけを動かして辺りをうかがい、ゆっくりと手を伸ばす。立てかけてあったパパスの剣を握り、身体を横たえたままいつでも抜き放てるように準備する。ピエールとサイモンも動き出している。

 

 やがて聞こえてくる梢の音。何者かが敷地内の樹から宿の屋根に乗り移った。

 こつ、こつと高い音が聞こえる。自分の存在を誇示するような、自信に溢れた足音だ。

 侵入者は慣れた手つきで窓を開け、軽やかに部屋の中に入ってきた。

 

 アランが動く。寝具を跳ね上げ、同時に抜剣し、流れるように侵入者へと突きつける。刀身が空気を切る音が、金属楽器のように涼やかに響く。

 パパスの剣は、侵入者の首筋ぎりぎりで止まった。

 

「何よ。危ないわね」

 

 平然と言い放つ侵入者にアランの体から力が抜ける。驚きのあまり、剣を収めることも忘れてアランは問いかけた。

 

「……もしかして、デボラかい?」

「へえ、ちゃんと覚えてたのね。小魚にしてはよい心がけよ。偉いわ、アラン」

 

 月の光が差す。暗闇に慣れていた目に彼女の姿が映る。

 ポートセルミで見かけた派手で華やかな衣装そのままの姿で、黒髪の美女デボラがアランの前に仁王立ちしていた。怖れ、遠慮、一切ない。十年前の自信に溢れた表情は健在だった。

 

 ルドマンの娘、フローラの姉デボラ。かつてラインハットで会って以来、言葉を交わすのは十年ぶりのことだった。うっすらと浮かべた微笑みと漆黒の瞳に見据えられ、アランの心臓がひとつ大きく鳴る。

 

 咳払いをし、剣を収める。部屋に灯りをつける。仲間モンスターたちは一様に戸惑っていた。

 

「とりあえず、座って」

「じゃあ遠慮無く」

 

 デボラは何のためらいもなくアランの寝台に横になる。実に寛いだ様子で体を伸ばした。

 

「あー、やっぱり外はいいわ。このまま寝ていい?」

「事情を話してもらわないことにはとても許可できないんだけど。どうして僕の部屋に? しかもこんな、盗賊まがいなことをしてまでさ」

 

 ちらとアランを見たデボラは、次いで仲間モンスターをじっくりと観察して、大きくうなずいた。

 

「うん。これだけ子分がいれば文句はないわね」

「子分?」

 

 アランが眉をしかめる。デボラは笑った。

 

「アラン、あんたもずいぶんと力をつけたみたいだし。さっきの一撃、このあたしですら対応できなかったわよ」

「当然です。市井の者に、我が主が後れを取るはずがありません」

 

 若干の不快感を滲ませて、ピエールが言った。デボラの方は気分を害した様子もなく、むしろ面白そうに魔物の騎士を見た。

 

「あんた、もしかしてあんときの? へえ、今はアランと一緒にいるんだ。面白いじゃない」

「デボラ」

 

 わずかに語気を強めてアランが問い詰める。このまま話をはぐらかされたらたまらない。

 

「あたしがここに来たのは、まあ、下調べって感じかな」

「下調べ? 何の」

「フローラのお相手探し」

 

 彼女の答えに、ますます何のことか理解ができなくなる。

 

「夕方、フローラから聞いたのよ。アランがこっちに来てるって。でもあの子のことだから、自分から確かめようとしなかったのよね。アランだって確信してたくせに、『十年も経ってるから、きっと忘れられてるだろう』って。まったく、気になって仕方がないって顔してたのに、我が妹ながら強情よね。アランがあたしのことを忘れるはずがないじゃない。同じように、フローラのことを忘れるはずもないわ。そうでしょ?」

 

 自信満々に断言され、アランは肩の力を抜いた。苦笑しながらうなずく。

 

「僕はむしろ、二人の方が僕のことを忘れていると思ってたよ」

「まあ、それはないわね。あたし、約束を破った男はだいたい覚えてるもの」

「……もしかして、あのときの言葉はまだ生きてるのかい」

「ふふふ」

 

 と、妖しげに笑われた。何とも恐ろしい女性に成長したものだとアランは思った。

 

「それにしてもあんた、またもの凄いタイミングで現れたわね。正直感心するわ」

「どういうことさ」

「さっきも言ったでしょ。フローラのお相手探し。少し前からパパが正式にあの子の結婚相手を募り始めたのよ。で、そいつら集めてパパ自ら結婚について話をするのが、明日ってわけ」

 

 悪戯を思いついた猫のような目で、デボラがアランを見る。

 ピエールが一歩前に進み出た。

 

「デボラと言いましたか。貴女が言うその事情と、貴女が盗賊まがいの侵入を試みたことと、いったい何の関係があるのです」

「あら、まだわかんない? あたしね、弱い男が子分なのは嫌なの」

「答えになっていません」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ! こりゃまいったの。何とも面白いお嬢さんだ」

 

 突然マーリンが笑い出した。デボラそっくりの悪戯っぽい目をしている。

 

「そっちの爺さんはあたしの言いたいことがわかったみたいね。うん、カタブツばっかりじゃないのも得点高いよ」

「そりゃ光栄じゃわい。アラン殿、つまりですじゃ。デボラ嬢はこう仰っておるのじゃよ。『アランなら子分として認めるから、あんたがフローラと結婚しろ』とのう。結婚すればデボラ嬢とも身内の関係、やりたい放題というわけじゃ。今日の侵入は、その判断をするためといったところじゃろうて」

 

 アランは固まった。その様子がおかしかったのか、デボラとマーリン、二人揃って腹を抱える。

 

 ピエールが胸ぐらを掴みかかろうとする勢いでマーリンに詰め寄った。

 

(じい)。あなたは、つい先日の会話を忘れるほど()けてしまっているのではないでしょうね」

「失敬な。ちゃんと覚えておるから面白いのではないか」

「爺……!」

「まあまあ。あんたたち、ちょっと落ち着きなよ」

「貴女に言われるとは不本意です」

 

 デボラは少し表情を改めた。

 

「真面目な話、あたしはアランを気に入ってるんだよ。あんたの力は本物だと思っているし、あたしの子分に相応しい人間だって気持ちもウソじゃない。こう見えて人を見る目はあるつもりだからね」

 

 胸を張る。確かにそうなのだろうと思わせる何かが、彼女にはあった。

 

「ま、それ以上にね。ウチの困った妹を、あんたなら任せてもいいかなって思ったのさ。十年前、そして今日。あたしをこういう気持ちにさせたのは、後にも先にもあんただけだよ。誇りな」

「君の気持ちは嬉しい」

 

 根が真っ直ぐなアランは言った。

 

「けど具体的に、僕に何をさせたいんだい?」

「明日、婿に名乗りを上げた人間が集まることになっている。あんたはフローラの婿に立候補し、他の連中と一緒にあたしの家――ルドマン邸に来るんだよ。そしてあんた自身で、フローラの婿に自分が最も相応しいことをパパに認めさせな」

「我が主が行かなければどうするつもりです」

 

 ピエールが慎重に問う。デボラは横目で騎士を見た。

 

「そのときはあたしからパパに口添えする。パパ、きっと十年前のこと覚えてるよ。あのおっさんの息子なら、パパも興味が湧くわ。絶対に。でも、あんたはそんな情けないことをしないわよね、アラン」

 

 アランは黙った。デボラがじっと見つめてくる。

 しばらくして、アランはため息をついた。

 

「君の話はわかったよ。だがデボラ、今日はもう遅い。騒ぎになる前に家に戻るんだ。いいね」

「パパみたいなこと言うのね。でも、まあいいわ」

 

 にや、とデボラは笑った。

 

「もしフローラに振られても安心なさい。その時はあたしがもらってあげる」

 

 片目をつむり、軽やかな仕草で窓から出て行った。デボラの後ろ姿を見たメタリンが、「何でふつーに扉から出ないのよ……」とつぶやく。

 

 考え込んだアランの横で、ピエールとチロルが顔を見合わせた。忠実な魔物の騎士は慨嘆した。

 

「我が主の運命は我々にはどうにもできぬということですか」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。