【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
夜が明けた。
宿の敷地内にある井戸で顔を洗っていたアランに、ピエールが話しかけた。
「どうなさるおつもりですか」
「昨日のデボラの話? 行くよ。これから」
あっさりとした答えに、魔物の騎士は困惑していた。アランは顔を拭き終わると、ピエールに向き直る。
「どちらにしろ、ルドマンさんとは話をしないといけないんだ。それに、結婚とか関係なくフローラとも話をしてみたい。久しぶりだしね。そのきっかけが偶然、今日の集会になったということだよ」
「なるほど。しかしもしその場でフローラ嬢との婚姻が決まったら? あるいは結婚を迫られたりしたら? どうなされますか」
「考える時間をもらう」
アランは目を細めた。
「ヘンリーの姿を見て思った。結婚して一緒になることは、とても素晴らしいことだ。けれど僕は今まで、自分は結婚しない、できない人間だと思っていた。それが正しいことなのか、自分の本心なのか、見極める時間が欲しい」
「そんな悠長なことを言っていられない状況になるかもしれません」
「そうだね。でもそれで縁談が御破算になるのなら、僕は結婚を諦めるよ。そうなったら後はただ真っ直ぐに、使命に向かって進むだけだ」
表情を緩める。
「どちらにしろ、今回のお誘いは良い経験になると思っている。純粋に興味があるしね。悪いな、ピエール。君には心配させ通しで」
「いえ」
ピエールは首を振った。
「わかりました。そこまでお考えなら、あなたの好きなようにお決めください。ただ、迷ったときには遠慮なくご相談を。我らはそのために存在します」
「ありがとう。頼りにしてる」
「はい。それでは早速ですが、ひとつ提案があります」
ピエールの言葉に、アランは首を傾げた。
ルドマン邸は、サラボナの街の一番奥まったところにあった。小川で区切られた岸向こうはすべて彼が所有する敷地だと街の人に聞き、アランは感嘆した。
純白に塗られた橋を渡り、玄関口へ続く小道を歩く。両脇に植えられた木々は、サラボナ周辺では見ない種類のものだった。枝葉が細く、まるで彫刻のような優美な姿をしている。風に揺られてしなやかに前後する様が、まるでお辞儀をして客を迎えているように見えた。
アランは仲間モンスターを連れず、一人でルドマン邸を訪れていた。
『あなたご自身のお気持ちを優先するため、ルドマン邸へはおひとりで行かれるのが良いでしょう。下手に私やマーリンなどの意見を聞き、ご決意が揺らいではいけません』
それがピエールの提案内容だった。
しばらく歩くと白亜の邸宅が見えてきた。立方体を組み合わせたシンプルな外観だが、とにかく庭が広い。壁面や窓枠には非常に精緻な装飾が施されていた。豪華だが派手ではなく、美的感覚にまったく自信のないアランでも、品の良い佇まいだと思った。
玄関扉の前に立つ。焦茶色の表面に木目が美しく映えている。アランは大きく息を吸った。
「わんっ」「うわっ!?」
突然の鳴き声にアランの心臓が跳ね上がる。見ると、昨日アンディが探していたという犬が尻尾を振ってアランの隣にやってきた。
「確か君は、リリアンだね」
「うわんっ」
「はは。出迎えてくれたのかい? ありがとう」
「わんわんっ。うわん」
早く早く、とまるで急かすようにリリアンは服の裾を引いた。リリアンの頭を優しく撫で、アランは扉に手をやった。
軋みひとつあげず、扉は邸宅内への道を開く。
「いらっしゃいませ」
一歩足を踏み入れた途端に声をかけられる。家付きのメイドと思しき若い女性がひとり、深くお辞儀をしていた。今日ここで未来の主人が決まると思っているのか、彼女は緊張していた。
「フローラお嬢様のご結婚相手に立候補される方ですね? 他の方々はすでにお席についておられますので、どうぞお急ぎ下さい」
「はい」
「こちらでございます」
ちらとアランの格好に目を向け、メイドの女性は歩き始めた。そこで初めてアランは、自分が薄汚れた旅装で、しかも帯剣したままであることに気がついた。ピエールもマーリンも何も言わなかったが、これはあまり良くないのではと考え――。
「どうかなさいました?」
「いえ、何でもありません」
結局、この格好が一番自分らしいと思い直す。
「ルドマンさんとお話しすることはできますか?」
ふと、尋ねる。メイドが眉をしかめる。
「ご主人様は準備のため、今は誰ともお会いになりません。個別に会談をお望みであれば、皆様へのご説明が終了してからとなりますが」
「そう、ですよね。すみません」
アランは自らの頭を掻いた。
――これから結婚について話を聞こうってときに、我ながら間が抜けているな。
もしかしたら自分が考えている以上に緊張しているのかも知れない、とアランは思った。
やがてメイドは一室の前で立ち止まる。結婚相手への説明が、これから、この扉の奥で行われるのだ。
入室を促すメイドに軽く会釈して、アランは部屋の中へと足を踏み入れた。