【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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194.結婚の条件

 

 予想以上に賑やかだった。

 広々とした室内には、ざっと見渡しても数十人が詰めかけている。設えられた椅子はほとんど埋まり、様々な年齢、背格好の男たちが互いに談笑している。

 大きな窓から差し込む陽光が、美しい調度品の数々を照らす。

 下町での飲み会と貴族の宴が混在したような、どこか異様な空気であった。

 ラインハット王が相手でも物怖じしなかったアランだが、この雰囲気には思わず言葉を失う。

 

 とりあえず席に着こうと空席を探していたアランは、ふと声をかけられた。

 

「アランさん。アランさんじゃないですか」

「アンディさん」

 

 アンディが駆け寄ってくる。今日の彼は小綺麗な格好に身を包み、使い込まれた笛を手にしていた。

 

「いや、驚きました。まさかあなたもフローラの結婚相手に名乗りを?」

「え、ええ。まあ」

「そうでしたか。これはますます頑張らないと。アランさんが相手なら、強敵だ」

 

 アンディは笑顔だった。もちろん彼も結婚相手候補なのだろう。アランは恋敵のはずなのに、どうしてこんなにも明るいのだろうか。

 昨日の光景が脳裏を過ぎる。駆け寄るフローラ、彼女と楽しげに会話をするアンディ。

 ――胸の奥がちくりと痛んだ。

 

「どうかされましたか、アランさん。胸を押さえて」

「いや、何でもないです。ところでアンディさん。ここにいるのは皆フローラ……さんの結婚相手なのですか」

 

 アンディはうなずいた。

 

「ほとんどがサラボナの独身男性ですよ。まれにアランさんのような遠くからの来訪者もいらっしゃいますが、そういった方はごくごく少数ですね」

「なぜ?」

「サラボナ以外で、今日のことは伝えていないそうです。ルドマンさんは人を見る目がある御方です。そして今回は大事なフローラの婚約者を決めるための集まり。いかに来る者拒まずと言っても、あらかじめ声をかけるのは気に入った相手だけということなのでしょう。その点、街の人間ならばお互いによく知っている。フローラとも親しい。案外、そういう点も候補として重視されているのかもしれませんね。私としてはたいへんありがたい」

 

 アランは楽師見習いを見た。アンディは横顔に微かな、しかし明確な自信と決意をにじませている。

 

「私とフローラは幼馴染なんです。小さい頃からずっと一緒にいました。家柄こそ天地ほどの違いがありますが、それでも私は彼女のことをよく知っています。誰よりも知っている自信がある。ルドマンさんがフローラとの繋がりを見て下さるのなら、これほど心強いことはありません」

「そう、ですか」

「私からフローラに与えることができるものは少ない。だからこそ、私は私の全力をもって彼女を幸せにしたいと思っています。そのためならばどんなことだってしてみせる」

 

 笛を握る手に力が込もっている。

 アンディは振り返り、手を差し出してきた。

 

「だから、たとえあなたが相手でも私は負けません。これからどのような条件が出されるかわかりませんが、お互い正々堂々といきましょう」

 

 意志のこもった真っ直ぐな瞳だ、とアランは思った。

 仲間モンスターたちもそれぞれ色は違うけれども、こうしたひたむきな瞳をしている。間違いなく、アランにとって好感が持てる人だ。

 けれど、このすっきりしない気持ちは何なのだろう。

 答えがわからないまま、アランはアンディの手を握り返した。

 

 場がざわめく。奥の扉から屋敷の主が姿を現したのだ。

 彼の姿を見た瞬間、アランは懐かしさと安堵を覚えた。恰幅の良さはビスタやラインハットで見たときと変わらず、人柄を感じさせる大らかな所作も記憶の通りだ。ただ、訪れた面々を見渡す表情は真剣そのものである。

 サラボナの豪商ルドマン。フローラの父であり、この婚約話を持ちかけた張本人。

 

 ルドマンは参加者たちと相対するように席に着いた。

 

「皆さん、ようこそおいでくださった。私がこの家の主人、ルドマンです」

 

 ひとつ、咳払いをする。部屋の中は水を打ったように静かだった。

 

「さて。本日こうしてお集まりいただいたのは他でもない。我が娘、フローラの結婚相手を決めるため、私から皆さんに重要なことをお伝えしたい。結婚の条件である」

「やはり。どのような条件なのだろう……」と隣に座ったアンディがつぶやいた。アランは彼にちらりと目を向け、ルドマンに向き直る。

 

「ただの男に可愛いフローラを嫁にやろうとは思わん。それは皆さんもご承知のとおりだろう。そこでだ。フローラの婿に相応しい男であることを証明してもらうため、皆さんにはあるものを入手してきてもらいたい。『炎のリング』と『水のリング』という、二つの指輪だ」

 

 ルドマンは会場を見渡した。

 

「いにしえの言い伝えでは、この大陸のどこかにその二つの不思議な指輪があるという。それらを揃え、身につけた者には幸福が訪れるとか。もしこの二つのリングを手に入れ、娘との結婚指輪にできたのなら、私は喜んで結婚を認めよう。またそのあかつきには、結婚の証として我が家の家宝である盾を授けるつもりだ」

 

 アランの心臓が鳴った。盾――おそらく、『天空の盾』のことだろう。アランは口元を引き結んだ。天空の盾を結婚の証にするとは、ピエールが言った通りの状況になってしまった。

 

 場がざわめきだした。参加者の一人が手を挙げた。

 

「ルドマンさん、その二つのリングがどこにあるのかは判明しているのですか? いくらなんでも、この大陸のどこかと言われて探すのは大変ですよ。一日や二日じゃとうてい無理だ。まさかそれまで結婚はさせないなんてこと……」

「無論、フローラの結婚を無闇に引き伸ばすつもりはない。皆さんにはこの場で、炎のリングの在処と言われる場所だけお伝えしよう。ここサラボナから南、峻厳な山岳地帯にある巨大な火山の中だ」

「か、火山……?」

 

 呆然と繰り返す男。ルドマンは表情を険しくした。

 

「そう。炎のリングは火山洞窟にあると言われている。水のリングがあるという場所は、炎のリングを無事手に入れた者に改めてお伝えしよう。私からは以上だ」

 

 そう言い残し、ルドマンが席を立ったときである。奥の扉が勢い良く開かれ、澄んだ声が部屋の中に響き渡った。

 

「待ってください!」

 

 

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