【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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195.フローラの懇願

 

「フローラ。どうしたというのだ。部屋で待っているように言っただろう」

 

 ルドマンが驚きの表情で闖入者を見た。清楚な服に身を包んだフローラは父親に歩み寄る。

 

「お父様。私は今までずっとお父様の仰る通りにしてきました。ですが、自分の夫となる人だけは、自分の意志で決めたいのです」

 

 フローラは胸に手を当て、会場に訪れた男たちに懇願した。

 

「それにみなさん、炎のリングがある火山洞窟は非常に危険な場所だと聞きました。どうかお願いです。私などのために危ないことをしないでください」

 

 場がざわつき始める。

 彼女の真摯な言葉が、炎のリングを入手することの困難さを参加者に強く印象づけたのだ。

 フローラが不安も露わに眉を下げる。そのとき、ひどく陽気な声が背を叩く。

 

「はーい、フローラ。その辺にしとこうじゃないか」

「デボラ姉さん。でも」

 

 背後からフローラに抱きつくようにして現れた黒髪の美女――デボラは、妹の抗議の声を無視して参加者に指を突きつけた。

 

「ま、あたしの妹のムコになろうってんだから、命のひとつやふたつかけてもらわないと困るって話よ。わかった? あんたたち」

「姉さん、でも私は!」

「あーはいはい。気持ちはわかるけど下がった下がった。まったく後先考えずに飛び出すところは誰に似たんだろうねえ」

 

 デボラに抱きつかれたまま、半ば引きずられるようにして部屋を出るフローラ。「困った子だね」とつぶやくデボラの顔が、ふと、アランに向けられる。黒髪の姉がにやりと笑った。

 

 デボラは、腕の中でもがくフローラの耳に何かを囁いた。弾かれたようにフローラの顔が上がり、今度は彼女と目が合う。

 何故かフローラは体を強張らせた。デボラがアランに向かってウインクする。「手を振れ、手を」と口パクで伝えてくる。姉の無言の圧力に押されて、アランはフローラに向かって小さく手を振った。

 

 途端、彼女の顔が赤くなった。

 意外な反応にアランも戸惑い、振った手を引っ込めて頬を掻いた。こちらの頬も赤くなっていることを自覚する。

 

 満足そうにうなずいたデボラは、フローラを連れて部屋の外に出た。今度は大人しく姉に付いていくフローラ。

 アランとのやり取りに、会場の男たちは気付いていなかった。皆、無茶で危険な条件に対して騒いでいる。隣を見ると、あのアンディでさえフローラの変化に気づいていなかった。

 フローラの幼馴染みの青年は、真剣な表情で考え事をしていた。

 

「炎のリング……南の火山……結婚の、証……」

 

 ぶつぶつとつぶやく。緊張のせいか、額からはわずかに汗が出ている。周りが見えていない様子だった。

 

「アンディさん?」

 

 アランが声をかけても、彼は応えなかった。広い部屋の中を、困惑と諦念に満ちた男たちの声が巡る。アランはフローラたちが立ち去った扉を見つめた。

 

 

 

 私室へと続く廊下で、デボラは愉快そうに笑っていた。

 

「ね? フローラ、言ったとおりだったでしょ。アランの奴、アンタと結婚したいって名乗りでたんだよ。さすがあたしの見込んだ男だねえ」

「もう、姉さんってば! アランさんまで巻き込んで、何てことを!」

 

 声を荒げる妹を、デボラは軽くいなした。長い付き合いだ。彼女が本当に怒っているか、それとも単なる照れ隠しなのか、手に取るようにわかる。口元のにやにやが止まらない。

 フローラの方もデボラの性格を熟知しているので、「知りません!」と言って顔を背けた。頬にはまだ若干の赤みが残っている。

 

 ひとしきり笑ったデボラは、フローラの肩を叩いた。

 

「アンタの強情さはあたしもよく知ってるけどさ。パパが大事な話をしているのに、いきなり部屋に飛び込んで演説するなんて、さすがのあたしも予想外だったわ」

「演説なんて、そんな。私はただ、どうしても我慢できなかったの。私のために、大勢の人が危険にさらされるなんて」

 

 心を痛めてうつむくフローラ。デボラは頬を掻きながら少しだけ後悔した。

 ――アランが来ているって言えば喜んで態度が変わるかと思ってたけど、少しアテが外れたわね。これじゃあ、あいつと気軽に話なんてできやしない。

 

「あーもう。何だかめんどくさいわ」

「姉さん?」

「あたしは寝る。昨日からあんまり寝てないのよ。考えるのも疲れるし。フローラ、あんたも部屋に戻って休みなさい。とりあえず頭を冷やすのよ。あのパパが、あんな真剣な顔をして口にした約束を、そう簡単に反故にするわけないんだから」

「それは、そうだけど」

「だけどじゃないの。自分の意志で決めるにしたって、カッカした頭で本当の気持ちなんて考えられるワケないじゃない」

「……私、そんなに動揺していたかしら……?」

「動揺っていうか、ま、あんたらしいなとは思うけど。こういう状況になったんだから、やってくる男どもを品定めするつもりでどーんと構えてなさい」

「私、姉さんほど割り切れないわ」

 

 しゅんとうつむくフローラ。やれやれとデボラは苦笑した。

 

 階段に足を掛けたとき、ふとフローラがつぶやく。

 

「お父様が出した条件を考えると、アランさんは南の火山に向かわれるのかしら。隣にはアンディの姿もあったわ。アンディ、とても戦う力なんて持っていないのに。二人とも早まらなければいいけど」

「んー。アランの奴はまあ問題ないと思うけど、アンディはやばいかもねえ」

 

 デボラは顎に手を当て、呆れた表情で言った。

 

「あいつ、相当思い詰めたカオしてたわよ。あの調子だと冗談じゃなく馬鹿なことしそうな感じ」

「そんな」

 

 フローラが青ざめる。デボラは、何か悪巧みを思いついたときのような、にやりとした笑みを浮かべる。

 

「気になるなら、行ってみる?」

 

 

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