【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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196.家内の動揺

 ――アンディさん、あれから一言も喋らなかったな。

 集会部屋を出たアランは眉を下げた。差しこむ陽光は屋敷の廊下を美しく照らしていたが、アランの心は晴れなかった。

 

「さすがに、今すぐ出かけるようなことはしないと思うけど……念のため様子を見た方がいいのかもしれないな」

 

 宿に戻ったらドラきちかコドランに頼んでみようと考えながら、廊下を歩く。

 深い絨毯の感触はラインハット城のものとそっくりだ。ルドマンは、大国の城主相手に取引しているのだろうか。改めて、彼は大人物なのだと思う。ルドマンと会って話をすることは、邪悪な魔物相手に戦うこととは違った緊張感があった。

 だがこれは自分にとって必要なことなのだ。きっと――。

 

「きゃっ!?」

「あ! すみません、大丈夫ですか」

 

 ちょうど廊下の角から出てきたメイドと鉢合わせる。銀色のトレイには飲み物の容器が山積みになっていた。

 アランが支え、何とか被害を防ぐ。メイドが頭を下げた。

 

「も、申し訳ありません。周りをよく見ていなくて」

「いえ、こちらこそ。不注意だったのは僕の方です」

 

 言いながら、アランは気づく。彼女は部屋まで案内してくれたあのメイドだ。女性の細腕には少々重いのか、トレイを持つ両手がわずかに震えている。

 

「手伝いましょうか?」

「いえ、結構です! お客様にそのようなことはさせられませんし、これくらい、お屋敷付きのメイドとして当然――わ、わ、わっ!?」

 

 言っているそばから転びそうになる。アランはひょいとトレイを取り上げた。慌てるメイド。こうして見ると、初対面のときのような刺々しさ、冷たさが感じられなかった。そうか、こちらが素の表情なんだなと安心したアランは、ふと、彼女の顔色が悪いことに気がついた。目元には(くま)がある。だいぶ疲労が溜まっているように見えた。

 

「このトレイはどこに持っていけばいいですか?」

「お、お客様!」

「お節介かもしれませんけど、そんなに疲れている様子の人を放っておくわけにはいかないですよ」

「……そんなにヘロヘロに見えますか、私? やっぱり?」

「ええ。まるで長旅をしたのに全然眠れていないときのような」

 

 図星だったようだ。

 アランは苦笑を浮かべ、メイドとともにトレイを厨房まで運んだ。

 

「重ね重ね、申し訳ありません。お客様にこのようなお手間をとらせて」

「気にしないで下さい。それより、体調には気をつけた方が良いですよ。休めるときには休まないと」

 

 そうアランが言うと、メイドは肩の力を抜いた。

 

「お客様は、まるでフローラお嬢様と同じようなことをおっしゃるのですね」

「え?」

「お嬢様はとてもお優しい御方です。私たち御付の者に対してもお気遣いをしてくださる。だからこそ私たちも、誠心誠意お仕えしようと思うのです」

 

 胸に手を当て、深く感じ入ったように言う。

 

「本当に大切に想われているのですね」

 

 アランが言うと、彼女は大きくうなずいた。

 

「ですから、この度フローラお嬢様がご結婚されると聞いて、少し動揺してしまって。なかなか普段通りの仕事ができずにいたのです。お客様にも冷たい態度を取ってしまい、何だか申し訳なくて」

「それで眠れなかった、と」

「すみません。でももう大丈夫です。お手間を取らせて申し訳ありません。えっと……」

「僕はアランといいます」

「アラン様、ですか」

 

 メイドの動きが一瞬止まる。アンディの反応と一緒だなとアランは思った。

 

「申し遅れました。私はルドマン様とそのご家族に仕えるメイド、メルフェと申します」

 

 以後お見知りおきを、と頭を下げるメルフェ。

 

「ところでアラン様はもしかして、ルドマン様とのご会談をお望みで屋敷に残っていらっしゃるのでしょうか」

「ええ。できれば、これから会って話がしたいのですが」

「わかりました。私がご案内いたします。少々お待ち下さい」

 

 手早く食器類を片付け、新たに二人分の紅茶を淹れた容器を持ってきた。

 

「ちょうどご主人様に飲み物をお持ちするところです。どうぞこちらへ」

 

 アランは彼女に付いて廊下へと出る。二階へ上がり、奥の角部屋へとやってきた。重厚な扉に向かって、メルフェが恭しく声をかける。

 

「ご主人様。お客様をお連れいたしました」

「客?」

 

 扉の向こうで怪訝そうな声がする。やがて「入って頂きなさい」と告げられ、メルフェはゆっくりと扉を開けた。

 書斎特有の本とインクの香りがアランの鼻腔を撫でた。窓を背にルドマンは書き物をしていた。真剣に書類に目を向ける彼の姿は、まさしく豪商の勇名どおりの雰囲気を醸し出していた。

 

 ペンを走らせる手を止め、ルドマンが顔を上げた。目が合ったアランはひとつ息を吐き、しっかりと声を出して名乗った。

 

「お久しぶりです、ルドマンさん。覚えていらっしゃいますか? 僕はアランです。パパスの息子、アランです」

「アラン……」

 

 記憶を探るようにつぶやいたのも束の間、ルドマンは目を大きく開いて立ち上がった。

 

「おお! あのパパス殿のご子息か! 覚えているとも。確か、ラインハットで会って以来だったね。いや、久しぶりだなあ!」

「はい。お元気そうで何よりです」

「ははは。君のお父上には負けるが、商人も体が資本だからね」

 

 一転して朗らかな笑みを浮かべるルドマン。こういうところは変わっていない。アランは何だか嬉しくなった。

 

 持参した紅茶を机に置いたメルフェが静かに退室する。ルドマンは近くの長椅子に座るよう促した。自らはアランの対面に座る。手にした二つの紅茶のうちひとつをアランの前に置き、残ったひとつをすする。

 高価な品なのだろう。白磁の美しい器に手を伸ばしたとき、ふと、視線を感じて顔を上げた。

 ルドマンがじっとアランを見つめていた。

 

 

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