【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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198.老夫婦の願い

 

 ルドマンの執務室を出て、アランは厨房に立ち寄った。料理の下ごしらえをしていたメルフェに声を掛ける。

 

「フローラの部屋はどこですか」

 

 手を止めたメイドは複雑な表情を浮かべた。

 

「申し訳ありません。ご主人様から、お相手が決まるまでは無闇にお通ししないように言いつかっているのです」

 

 手早く作業を終わらせ、布巾で手を拭ってアランの前まで来る。

 

「アラン様。差し出がましいことを申し上げるようですが、いきなり女性のお部屋をお訪ねになるのは紳士としてどうかと思います」

「そう、なんですか?」

 

 少々お冠な様子のメイドにアランは戸惑った。アランにしてみれば、純粋に彼女とゆっくり話がしたいだけである。

 貴人の心構えがいまひとつ伝わっていないと理解したのか、メルフェはため息をついて「貞節にかかわることなのです」と言い重ねる。

 仕方なく、アランは別のことを尋ねた。

 

「アンディさんの家って、どこにありますか。彼とも話がしてみたくて」

「それならば、街の正門からすぐ南にありますよ。大きな樹と井戸があるお家ですから、すぐにわかると思います」

 

 メルフェは小首を傾げた。

 

「アンディ様がとてもお優しい方なのは私も存じておりますが、よろしいのですか? お二人は互いに、その、恋敵になられるのでは」

「ちょっと気になることがあって。早まらなければいいなと思っているのですが」

「もしや、旦那様が出された条件についてでしょうか」

 

 どうやら彼女は集会の内容をある程度知っているらしい。眉を下げる。

 

「アンディ様はフローラお嬢様の幼馴染み。思い詰めると他が見えなくなるご気質があることを、以前、お嬢様から伺いました。そのときとても不安そうにされていたので、よく覚えているのです」

「そうか。やはり」

 

 黙り込んだアランに、メルフェは努めて明るい口調で言った。

 

「ですが、いくらアンディ様でもいきなり一人で火山洞窟に乗り込むなんて無謀はなさいませんよ。きっと大丈夫ですわ」

 

 アランは曖昧にうなずいた。

 

 

 

 ルドマン邸を出たアランは、宿に戻る前にアンディの自宅を訪ねた。

 陽がだいぶ高くなっていた。街の中央にある噴水広場には、大勢の住人や商人たちが行き来していた。人の流れの中を縫いながら、メルフェに教えられた場所へと向かう。

 

 アンディの家は二階建ての、ごくごく質素な佇まいであった。ルドマン邸とは比べるべくもない。育った環境がまったく違う二人が幼馴染であるということに、アランは改めて驚きを感じた。

 

 庭に大きな樹と井戸があることを確認し、玄関の戸口を静かに叩いた。やがて中から人の良さそうな老人が出てくる。

 

「はい、どちらさまで」

「初めまして。アランといいます。あの、アンディさんはいらっしゃいますか」

「ああ、あんたがアランさんか。おやおや、話以上に良い男だこと」

 

 老人の後ろから老婦人が口元に手を当てやってくる。老夫婦はアランを室内に迎え入れた。外観同様、質素な作りの居間に通され、椅子のひとつに座る。サンタローズの自宅のことを思い出した。

 

「何にもないところですまないねえ」

「いえ。とても安心します。懐かしくて」

 

 微笑みながら老夫婦を見る。夫がコールズ、妻がラズリという名だった。アンディの年齢を考えると、ずいぶんと年かさに見えた。

 

「君の話はアンディから聞いているよ。あの子がフローラのこと以外であれほど熱心に語るのは珍しいんだ」

「アンディさんは何と?」

「見習いたいほど立派な恋敵」

 

 アランは苦笑した。こういう純朴なところがアンディの魅力なのだろう。

 ラズリが不安げな顔をして言った。

 

「ねえアラン。あんたもフローラの結婚相手に立候補しているんだよね」

「はい」

「こんなことあんたに言うのは酷なんだけど……フローラのことは諦めてやってくれないかねえ」

「こら、お前」

 

 コールズがたしなめるが、ラズリは静かに首を横に振った。

 

「あの子はずっと昔からフローラのことが好きだったんだよ。今でもそうさ。あんな内気な子がまっすぐ育ってくれたのは、フローラの存在があったからだと思うんだよね。親の贔屓なのは重々承知しているけれど、あたしらももう歳だ。アンディには幸せになってもらいたい。その姿が見たい。望みといえば、それぐらいだからねえ」

「ラズリさん」

 

 アランは言葉に詰まった。家族の幸せを願うこと、それはアランにとって最も遠いことであり、最も尊いことであった。アンディの姿に、フローラを想う気持ちの強さを見たこともあって、ラズリの言葉、切なる願いは胸に響いた。

 

 僕は、フローラのことをどれだけ想っているのだろう――。

 十年前、ラインハットで再会したときのことが鮮やかに蘇る。彼女らと過ごしたひとときは、アランにとって大切な思い出だ。それは十年経ってもまったく色褪せない。

 

 コールズが咳払いをした。

 

「結婚はなるようにしかならん。お互いの気持ちが一番じゃ。だからアラン君はアラン君の気持ちを大切にすればよいよ」

「そうね……」

 

 ラズリもうなずく。アランと目を合わせた彼女は微笑んだ。

 

「アンディの恋敵が良い人だってことは、あたしらにとって救いなのかもしれないねえ」

 

 

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