【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
固いベッドがきしんでいる。規則正しく響く音を聞きながら、アランは目を覚ました。
横になっていると、身体がゆっくりと上下に動いているのを感じる。まるで床全体が鼓動しているようだ。その揺れを心地よく感じながら、身体を起こした。
利発で優しそうな瞳が印象的な少年である。滑らかな肌は健康的に日に焼け、頼りなさよりはたくましさを感じさせる。
アランは枕元に置いた帽子を手にとった。ざんばらで伸び放題の黒髪を、青い布を巻いて作った簡素な帽子で包み込む。
ベッドの縁から床に降りる。すると、近くの椅子に座って読み物をしていた男が振り返った。
「おお、起きたか。アラン」
「お父さん」
口元に蓄えた髭も凛々しいこの男はパパスといった。アラン自慢の父親である。
背伸びをして身体をほぐし、アラン少年は父の元へと駆け寄る。まだたったの六歳ではあるが、父とともにいくつかの旅を経験したアランは、寝坊とは無縁の生活を送っていた。
机の縁に顎を乗せ、しばらく父の横顔を眺めていたアランは、ふいに声をかけた。
「ねえお父さん。僕、ゆめを見たんだ。りっぱなお部屋で、お父さんがすごく格好いいマントをしているの。おうさまなんだって」
「王様? はっはっは。アラン、どうやらまだ寝ぼけているようだな」
筋骨隆々のたくましい姿そのままに豪快な笑みを見せる父。アランは不満そうに頬を膨らませた。
「うそじゃないのにな」
「わかったわかった」
パパスは分厚い書物を閉じた。紙の束が重なり合う独特の音がする。アランは以前、興味本意で書物を開いてみたが、文字が読めない彼はすぐにページをめくるのを諦めた。それ以降、父の本にはあまり触らないようにしている。
「もうすぐ港に到着する。それまで外で遊んでなさい。潮風に当たれば眠気も覚めるだろう。だがあまり走り回るんじゃないぞ。甲板にいる人々の迷惑にならないようにな」
「はーい」
アランは駆け出し、すぐに何かを思い出して引き返す。部屋の隅に設えられたタンスから、薄紙に包んだ薬草を取り出す。
「これがあればケガをしてもだいじょうぶだよね?」
苦笑するパパスに、アランは薬草を片手に元気よく言った。
「それじゃ、行ってきます!」
階段を上がり、扉をくぐる。
途端に頬をかすめる冷たい風と降り注ぐ陽光に、アランは目を細めた。
澄み渡る蒼い空。
天高くどこまでも盛り上がる雲。
風を受けゆったりと飛ぶ鳥たち。
そして空よりもさらに深く濃い青に染まった大海原。
アランは巨大な船の上にいた。
数日前、アランたちはパパスと顔なじみの船長と偶然再会した。どこかの富豪が所有するこの船に便乗させてもらうことができたのは、船長の厚意である。
親子が目指しているのはサンタローズ。かつてパパスとアランが住んでいた長閑で平和な村だ。アランの故郷とも言える場所である。
サンタローズに帰れると思うと、自然と気持ちが高揚した。
アランは上機嫌に口笛を吹く。波に揺れる甲板上も何のその、軽やかな足取りで目当ての場所へと歩いていく。やがて甲板の幅はぐっと狭くなり、揺れも大きくなった。アランは船首をさらに進み、船の最も先端部分に向かう。
帽子と同じ青色の、粗末な布の服を海風にはためかせながら、アランは鋭く突き出た
海。空。水平線だ。
世界はどこまでも広い。
いつか大きくなったら、父とともにもっと世界中を旅して回りたい。それが幼いアランの大きな夢であった。
「おぉいっ。坊主、危ないぞ。戻ってこい!」
ふと、背後から船員の呼ぶ声がした。アランは慌てて戻る。全身真っ黒に日焼けした船員の男は大げさなため息をついた。
「ああびっくりした。まったく、坊主の身に何かあったら俺が船長にどやされるんだぜ?」
「ごめんなさい」
アランは素直に頭を下げた。船員は怒ったような、困ったような表情を浮かべていたが、ふと豪快に笑い始めた。
「ま、危ない危なくないは抜きにしてだ。坊主、お前よくあそこまで行けたな? 怖くなかったのか?」
「とっても楽しかったよ。海って、すごく広いんだね」
「そうかそうか。さすがパパスの旦那の息子さんだ。勇気がある」
頭を叩かれる。おそらく本人は撫でているつもりなのだろうが、アランにとっては涙が出そうなほど痛い。小さく抗議の声を上げても、船員の男は気にした素振りも見せなかった。嬉しそうに語る。
「いいか坊主。坊主が立ってた舳先の部分はな、俺たちの船乗りの中じゃ『勇気を試す場』になっているのさ。新米のヒヨッコどもには必ず立たせるんだが、まあまず大抵は
「え? 船のりさんなのに?」
「そうさ。坊主は勇気がある。新米ヒヨッコの半分も生きちゃいないにもかかわらずだ。きっと大人になったらどえらいことをやってのけるぞ、坊主!」
「どえらいことって?」
「どえらいことは、その。どえらいことだよ。そのうちわかるって」
再び容赦なく叩かれる。それが親愛の表れだと子どもながらに感じたアランは、目の端に小さく涙を浮かべながらも笑顔でうなずいていた。