【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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20.夜の出発

 

 ――昼間の穏やかな空気へゆっくりと染みるように、夜の静けさが訪れる。

 

 パパスとアランが案内された部屋は、親子二人が寝るにはずいぶんと広いところだった。日当たりの良い空間を贅沢に使い、清掃も行き届いている。

 アランはなかなか落ち着けず、寝台の上でしきりに身体の向きを変えていた。

 眠れない理由は部屋が豪華であることだけではなかった。

 

 ふと、入り口の扉が開き、誰かが部屋の中に入ってくる。

 

「……アラン」

 

 忍び足で寝台に近づいたビアンカが小声で呼ぶ。アランもまた音を立てないように注意しながら床に降り立つ。あらかじめ用意していた荷物をつかむ。

 ビアンカがアランの手を握った。

 

「さあ、行きましょう。お化け退治に北のお城――レヌール城へ。猫ちゃんを助けなきゃ」

「うん」

 

 連れだって部屋を出る寸前、アランは父の寝台を振り返った。パパスは目を覚ます気配がない。ごめんなさい、と心の中で謝る。

 すると不意に、父の口からか細い寝言が漏れてきた。

 

「……マーサ……私たちの……アランは……元気に……」

 

 きゅっ、とアランはビアンカの手を強く握った。

 

 部屋を出て、慎重に扉を閉める。他の宿泊客やビアンカの両親を起こさないよう、息を潜めて歩く。重い正面扉を開けると、肌を刺すような冷気が吹き付けてくる。

 

「うぅっ。やっぱり夜は少し寒いね」

「……うん」

 

 しばらくの無言。やがてビアンカが意を決したように口を開く。

 

「ねえアラン。さっきのおじさまの寝言……マーサって」

「僕のお母さん、だと思う」

「思う?」

「お母さんは僕は小さいときにいなくなっちゃったんだ。僕はぜんぜんおぼえてなくて、でもお父さんはお母さんをさがして旅をしているって。ずっと」

「ごめん! アラン。私、いけないこと聞いちゃった……」

 

 アランは首を振り、夜空を見上げた。冷たく、けれど澄み切った空気の向こうには、藍色の空を埋め尽くすほどの星が瞬いていた。

 

 確かに、はっきりとした記憶はない。けれど身体が、心が、ぼんやりと母の姿を覚えているのだ。温かい、優しい、そして清らかな母の気配――いのち。

 この世界のどこかで母は同じ空を眺めているのだろうか。

 いつか、パパスとともに再会することができるだろうか。

 いや。きっとできる。

 パパスが探し求め、そして母が自分の思うとおりの人ならば、いつか必ず――。

 

「ありがとう、ビアンカ。僕はだいじょうぶだよ。それより、ビアンカの方は準備、大丈夫?」

「ばっちりよ。アランと一緒に揃えた装備、ちゃんと持って来てるから」

 

 そう言って彼女は腰にさげた『くだものナイフ』を見せた。

 レヌール城を探索するために必要なものを、アランたちはあらかじめ買い揃えていた。もちろん子どもたちだけで用意できる金額は限られていて、アランがサンタローズの洞窟で得た(ゴールド)がほぼ唯一の資金源となった。

 とはいえ、ビアンカにとってはそれでも十分な大金だったようで、財布の中身を見るなり驚いていた。

 

「何だか本物の旅に出るみたいだね」

 

 ビアンカが言う。浮かれているのか、声が弾んでいる。

 アランはうなずき、それから自らの腰に手をやった。

 そこには真新しい『銅の剣』が鞘に収められていた。スライムにもらった『かしの杖』を手放すのは気が引けたが、これから向かう先のことを考えて思い切って購入した。

 ついに自分も父と同じ『剣』を持つ――そう考えると首の後ろが沸き立つような錯覚を抱いた。

 

 夜のアルカパの目抜き通りに人の姿はほとんどなかった。時折、酒場の方へ向かう男たちとすれ違うくらいだ。

 街の出入り口にさしかかると、そこには昼間と同じ門番の男がいた。

 ただし――木の幹にもたれて居眠りをしている。

 

「この寒いなか、よく居眠りができるね。まじめなのか、ふまじめなのか、よくわからないわ」

 

 ビアンカが呆れた声を出す。二人はそっと、門番の脇を通って街を出た。

 外は、森と、草原と、遥か先には高い山々と、それらすべてを覆い尽くす広大な夜空が広がっていた。

 ビアンカが拳を握る。

 

「待っててね、猫ちゃん。私たちが必ず助けてあげるから。いざ、レヌール城へ!」

 

 

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