【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
夜空の下、意気盛んに出発したアランとビアンカ。
しかし、道中はそう簡単にはいかなかった。
星月の光である程度の明かりは確保できるとは言え、一歩森の中に入るとそこは一寸先も見通せぬ闇が広がる。自然、見晴らしの良い、開けた草原を歩くことになるが、何もないただっ広い空間を二人だけで進むのは勇気が必要だった。
何より危険なのが、道すがら遭遇するモンスターたちだ。
草原で一度に出会うモンスターの数は少ない。だが夜ということもあってか、彼らは普段より好戦的だった。
勝ち気だが、モンスターとの戦闘自体にはまったく不慣れなビアンカをかばいつつ、アランは銅の剣を何度もふるった。初めは扱いに苦労した剣も、何度も戦闘を重ねる内次第に手に馴染んできた。初めて銅の剣を握ったときの高揚感とはまた違った感覚が、アランの中で芽生えつつあった。
何度目かの戦闘のときである。
「アラン、どいてっ」
突然、ビアンカが声を上げた。ちょうどモンスターの一体を斬り伏せたアランは振り返る。
ビアンカの指先に、松明の炎のような赤い光が集まっていた。
「――、いくよっ。メラ!」
攻撃呪文。
小さな火の玉がビアンカの指先から飛翔する。慌てて飛び退けたアランの脇を通り、今まさに飛びかかろうとしていた『おおねずみ』に直撃する。
砂袋を高所から落としたような重い炸裂音が夜空に染みる。
吹き飛んだ『おおねずみ』は、黒煙を上げて消えていった。
瞠目しながらビアンカを見ると、彼女は照れたように頬をかいていた。
「えへへ。はじめての呪文、上手くできたかな?」
「うん……うん。すごいよ、ビアンカ!」
アランは素直に驚き、そして喜んだ。アランは使えるのは回復系の呪文だけで、いまだ攻撃呪文のひとつも使えない。だがビアンカは、アランより戦闘の経験が少ないのに、もう立派な攻撃呪文を使えるようになっている。羨ましいというよりも、「すごい!」という気持ちの方が勝った。
アランの言葉を受けて、ビアンカははにかんだ。
「ありがとう。でもアランこそすごいよ。ケガしても、すぐにホイミで治してくれるもん」
そう言って、満面の笑みを浮かべるビアンカ。幼い少年と少女は互いの強さを褒め合う。
このときの二人は、完全に油断してしまっていた。
ふと、風船から空気が抜けるような物音がした。ビアンカが何事かと振り返る。
「ビアンカ、危ない!」と、アランは叫ぶ。
直後、ビアンカに向かって緑色の『何か』が体当たりした。酸が弾ける音が響く。
「きゃあああっ!」
「ビアンカ!」
アランは剣を構えて走った。
ビアンカに攻撃をしかけた『何か』――緑色の液体の姿をしたモンスター、『バブルスライム』だ。
バブルスライムはビアンカから離れると、今度はアランに向かって体当たりをしてくる。アランは走る勢いのまま、その不定形の身体に銅の剣を叩き付けた。
体当たりをそのまま
ビアンカが膝から崩れ落ちる。アランは無我夢中でビアンカを抱き留める。
「ビアンカ、ビアンカ! しっかりして!」
返事がない。気絶しているようだった。しかも顔色がひどく悪い。頬の辺りが真っ青になっている。首筋には汗が浮かび、彼女の身体を支えているアランの手を湿らせる。
「まさか、毒!?」
パパスから聞いたことがある。バブルスライムなど一部のモンスターは、その攻撃で相手に毒を与えることができると。
のんびりしていられない。アランはビアンカの額に手を当てた。焦らないように、できるだけ素早く、呪文を唱える。
「――、キアリー」
光の粒子が舞い、ビアンカに吸い込まれていく。
ビアンカの息づかいが穏やかになった。顔色も元の瑞々しい肌色に戻っていく。だが、彼女が目を覚ます様子はない。
重ねてホイミをかけようとして、アランは自らの精神力が切れかかっていることに気付いた。
このまま先に進むのはダメだ――アランはビアンカを背に、アルカパへと走った。