【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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224.温泉でのひととき

 

 温泉には先客がいた。老夫婦が一組と赤ら顔の男が一人。ジキドだ。

 こんばんは、とビアンカが挨拶をすると三人はにこやかに返事をする。ジキドまで場慣れしている様子に、アランは自分だけが狼狽えてばかりだと恥じ入った。

 ビアンカに続き、アランも湯に身体を沈める。期せずして二人同時に「はぁ……」と息を吐いた。アランとビアンカの間には、やはり一人分の空間がある。

 

「ね。いいお湯でしょ。一日の疲れが全部流れていくみたいで」

「うん。本当に。何だかこのまま溶けていくみたいだよ」

「あはは。そういうのんびりしたところは昔と変わらないね」

 

 他愛のない会話が心地よい。温泉の効能が、アランの悩みも溶かしていくようだった。

 湯気越しに満天の星を見る。水音の向こうから、レヌール城の主たちの声が響いてくる気がした。目を細める。

 

 ふと、ジキドが近くに寄ってくる。酒臭い。どうやら宿屋の主人と飲み明かしていたようだ。

 

「やあ兄弟。今日は良い日だねえ。こんな素晴らしい肴を用意してくれるなんて!」

 

 肴、とはもしかしてビアンカのことだろうか。

 わずかに眉をひそめると、当のビアンカが小言を言った。

 

「もうっ、ジキドさん。前から何度も言ってるように、お酒を飲んだまま温泉に入ると身体に良くないんだよ。倒れちゃっても知らないからね」

「そんときはビアンカちゃんに介抱してもらおうかなあっ」

「介抱してあげるけど、その代わりしばらく温泉に入るの禁止。いい?」

「おお怖い怖い」

 

 からからと笑うジキド。それから彼はアランに話しかけてきた。

 

「お兄さん、あのフローラさんの婚約者なんだろう?」

「どうしてそれを?」

「ルドマンさんが娘さんの婚約者を募っているって噂は聞いていたからなあ。そこへ逞しい青年がルドマンさんから指示を受けて動いているって聞けば、ぴんとくるさ」

「そうなのよ。私もびっくりしたわ。あのアランがねえ」

 

 隣でビアンカがしみじみとうなずく。

 アランはなぜか、口を開かずにはいられなくなった。

 

「あのさビアンカ」

「ん、なに?」

「……いや。何でも」

「もう何よ。お姉さんに隠し事? いつからアランはそんなに偉くなったのかしら」

「ほっといてくれ」

 

 微かに情けなさを覚えながら突っぱねると、ビアンカは笑った。

 

「私ね、フローラには会ったことがあるのよ」

「ええっ!?」

「少し前にルラフェンの近くでね。一緒に買い物までしちゃった。初めて会って、少ししか一緒にいなかったのに、すごく仲良くなって。まるで本当の妹ができたみたいに思っちゃった。だから、わかるのよ」

 

 驚きに固まるアランを、ビアンカは澄んだ笑みで見つめた。

 

「あの子はとってもいい子。アランにふさわしいと思う。フローラと結婚するってアランの選択、大正解だと思うな。私」

「ビアンカ」

「んー。うん、やっぱりそうだ。うん、決めた」

 

 ビアンカが握り拳を立てる。ばしゃ、と水面が跳ねた。

 

「水のリングを手に入れて、アランが目的を達成するまで、お姉さんが見届けてあげる。一緒についていくわ」

「けど、どんな危険があるかわからないよ。現に火山洞窟だって大変だったんだ」

「なぁに? フローラにできて、私にできないって言うつもり?」

 

 凄む幼馴染みにアランが言葉を詰まらせると、ビアンカはすぐに破顔して「冗談だよっ」と言った。

 

「でもついて行くのは本気だからね。出発するときは声をかけて。置いてったらオシオキだからね」

 

 湯から上がるビアンカ。その背中へ、今まで無言だった老夫婦が声をかけた。

 

「無理はしなくていいんだよ、ビアンカちゃん」

 

 ぴたりと足を止めるビアンカ。少し間を置いて、彼女は振り返った。いつものように、花のような笑顔で応える。

 

「ありがとう。でも、私は大丈夫。……じゃアラン、私は先に戻ってるから、ゆっくりしていってね」

 

 ビアンカが去った後、老夫婦もゆっくりと湯から上がった。アランの横を過ぎる際、ぽつりと漏らす。

 

「あの子を頼むよ、お若いの」

 

 アランは老夫婦を見送る。

 天を仰ぎ、物思いに沈む彼に、ジキドは済まなそうに声をかけてきた。

 

「その、悪かったねお兄さん。まさかビアンカちゃんとも親しいとは思わなくて。酔った勢いとはいえ、悪いことをしちまった」

「いえ……」

「まあ、俺が言うのも何だが、こういうときは自分の気持ちに正直になればいいと思う。これは俺のカンだが、お前さんはそうした方が上手くいくんじゃないかって気がするんだよな」

 

 真顔で言うジキドにアランは微笑みを返した。

 

「ありがとうございます、ジキドさん」

「頑張れよ、悩める青年」

 

 肩を軽く叩き、ジキドも温泉を出た。

 

 アランはそれからしばらく、空に浮かぶ星を見続けていた。

 

 

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