【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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225.水門へ

 

 翌朝。

 まだ陽の昇りきる前から、アランは裏庭で剣を振っていた。自分でも言葉にできない不安感に苛まれ、あまりよく眠れなかったからだ。

 パパスの剣を握り、新鮮な山の空気を肺に取り込みながらひたすら素振りに専念していると、次第に胸のつかえは取れていった。代わりに浮かんできたのはビアンカの笑顔である。

 

「アラン」

 

 よく通る声で名を呼ばれ、アランは肩をふるわせた。振り返ると、今まさに思い浮かべていた女性その人が小走りに近づいてくるところだった。

 

「朝ご飯できたよ。一緒に食べよ。あ、でもその前に水浴びが先かな。すごい汗」

「あ、ああ。うん。そうしようかな」

「こんなに朝早くから鍛錬なんて、偉いじゃない。それもやっぱりパパスおじさまの教え?」

「いや、自分なりの集中法みたいなものかな」

「その割には顔色が優れないけど、具合でも悪いの?」

 

 顔を近づけてくる幼馴染みにアランの鼓動が高鳴る。心配そうなビアンカを安心させるように笑みを浮かべた。

 

「気のせいだよ。さ、それより朝ご飯食べよう。すぐに行くから。楽しみなんだ。ビアンカが作ってくれたご飯。昔みたいに温かな食卓って、本当に久しぶりだから」

 

 アランの何気ない一言に一瞬ビアンカの表情が曇ったが、すぐに柔和な笑みに戻る。「たくさんあるから、たっぷり食べて。自信作なんだから」と彼女は腕をまくった。

 この雰囲気、本当に久しぶりだなとアランは思った。

 

 

 朝食後、アランたちは支度を調え家を出た。

 ビアンカの性格をよく知っているのだろう。ダンカンは表だって反対することはなかったが、出がけにぽつりとアランにささやいた。

 

「ビアンカのこと、頼んだよ」

 

 アランは力強くうなずきながら、「ああ、やっぱり家族っていいな」と思った。

 村の朝は早く、すでに野良仕事や狩りに出かける姿を見かけた。ビアンカはそのひとりひとりに明るく挨拶をして歩く。彼女の後ろについていると、ふと、アルカパで街を案内されたときのことを思い出した。

 

「驚かされることばかりですね」

 

 ふと、隣を歩くピエールが言った。

 

「ビアンカ嬢です。チロルがあれほど無警戒になることといい、あなたにそのような表情をさせることといい、本当に驚きです。もしかしたら、あの女性とは何か特別な縁があるのかもしれません」

「そんなに、僕はいつもと違う表情だった?」

「とても穏やかで、それでいて切なそうな表情でしたよ。まるでラインハットを出た直後のあなたのようだ」

 

 忠実な騎士の言葉にアランはしばらく口をつぐんだ。

 

「幼馴染と言えるのは、もうヘンリーとビアンカの二人だけだものね」

「……先を急ぎましょうか。馬車に待たせた仲間たちが首を長くしているはずです」

 

 空気を察し、ピエールがうながす。すでにビアンカは村の入り口までたどり着いていた。チロルを従え、こちらを呼んでいる。アランは小走りに彼女の元に向かった。

 

「うわぁ、すごい! 本当にモンスターたちと仲良くなってるんだ。しかもこんなにたくさん!」

「ちょ、ころころするなっ! わきゃ!?」

「メタリンちゃん可愛いー。ほら、ころころころー」

「だぁかぁらぁっ!」

 

 馬車での道中。アランの仲間モンスターに囲まれたビアンカは、驚くほどすんなりと馴染んでいた。お転婆なところは直りきっていないのか、同じくお転婆なメタリンを手玉に取っている。

 だが、メタリンも本気で嫌がっているわけではないことはアランにはわかった。これはビアンカの人柄だろうと思う。

 

「ほっほっほ。また面白いお方と縁がありますなあ。アラン様」

「爺」

 

 マーリンが茶化し、ピエールがそれを咎めるのもいつもの光景だ。

 

 やがて馬車は森を抜け、川に出た。アランたちが船で渡ってきたあの川だ。視界を巡らせばすぐ上流に巨大な関が見える。

 

「この上流はサラボナ周辺の水源となっている大きな湖が広がっているわ。大雨で湖が増水したとき、サラボナやその周辺が被害を受けないように作られたんですって。知っての通り、ルドマンさんのご先祖様の功績ね」

「立派なものだね」

「ええ。でも、噂によるとこの関は他にも役割があるって聞いたことがある。もしかしたら、水のリングをきちんと管理するためだったのかもしれないわね」

 

 船に乗り込みながらビアンカが説明する。彼女は上機嫌だった。「船なんて久しぶり」とスキップしそうな勢いである。

 

 船の舳先を関に近づける。するとビアンカは迷うことなく関へと乗り移り、持っていた鍵を使って関を操作し始める。

 十分ほどで、ビアンカがこちらに合図を送ってきた。同時に関が重たい音を立てて動き出す。

 関を通り抜ける船の甲板に向かって、ビアンカは関を飛び降りた。無茶な帰還にアランは苦笑する。

 

「変わらないね」

「当然。ビアンカさんはビアンカさんだもの」

 

 そう言って、彼女は茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。

 

 




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