【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
水門を抜けてしばらくすると、急に川幅が広くなった。広大な湖に出たのだ。
周囲は峻厳な山や深い森に囲まれ、この地に人が訪れることが難しいことは容易に理解できる。
そのためか、湖面は凪ぎ、透明度も高い。船の上からでも水が含む聖なる気を感じることができそうだった。
ビアンカは船の舳先に立ち、歓声を上げながら周囲を見回している。外洋ほど揺れないにしても、たいした度胸と平衡感覚だった。そんな彼女の姿に既視感を覚える。
「あなたそっくりですね」
忠実な騎士に内心をずばりと言い当てられ、アランは頬をかいた。誤魔化すようにビアンカに声をかける。
「ビアンカは船が好きなのかい?」
「うん。今の土地に引っ越しする前に一度だけ乗ったんだけど、すごく楽しかったわ。さすがに何度も乗るわけにはいかなかったけどね。こうしてまた風を感じることが嬉しい。それに、今度はアランも一緒だしね」
笑顔。ただ、その笑みには今までとは少し違って見えた。
湖を船で縦断する。北端に、湖の水源から流れ出ていると思しき滝が見えてきた。大型船が飲み込まれてしまいそうなほど巨大な滝だ。
アランは慎重に船を移動させ、滝から少し離れた岩場に付けた。滝の裏に向けて、人が通れそうな道があったのだ。
「うわぁ! すごい水の音! 声がかき消されるくらい!」
「あ、ちょっと待つんだ! ビアンカ!」
ごうごうと滝壺を打つ水音に、ビアンカがはしゃいで船を下りる。
アランは苦笑し、つぶやいた。
「レヌール城の冒険を思い出すな……」
ちょうど同じタイミングでビアンカが振り返る。悪戯っぽくも懐かしそうに細められた目と表情で、彼女も同じことを考えているとわかった。
何だか胸の奥が温かくなった。
だが、いつまでも感傷に浸ってはいられない。
見ると、滝の裏側に大きな洞窟が口を開けていた。これほど広ければ、探索が途中で行き詰まる事態は避けられそうだ。多少、人数をかけても問題ないだろう。
アランはパーティ分けをした。
探索組にはアラン、チロル、ピエール、サイモンの主戦力を全員投入する。
ビアンカは、付いてくるなと言っても付いてきそうな勢いだったので、チロルと組ませる。
他にはスラリン、メタリン、ドラきち、ホイミン。それと、火山洞窟では待機組だったマーリンも加える。
「ジメジメしたところは苦手なんじゃがのう……」
「あんた、仲間になる前は洞窟暮らしだったでしょーが」
ブツブツ文句を言うマーリンにメタリンがツッコミを入れる。
アランも、このまほうつかいが嫌がるだろうことは承知していたが、今回敢えて彼を探索組に加えたのは理由がある。
炎のリングがあった火山洞窟には、『溶岩原人』という未知の強敵がいた。
水のリングがあるこの洞窟にも、アランたちの知らない敵や仕掛けが待ち受けている可能性がある。
もしもの時、マーリンの知識は必ず役に立つはずだ。
アランはちらりとビアンカを見た。スラリンやメタリンらと戯れる彼女の後ろ姿に、改めて誓う。
――もう、フローラのときのような危険な目には遭わせない。
「おーい、アラン! どうしたの、早く行くよー!」
「わかった」
笑顔で呼びかけてくるビアンカに手を振って応え、アランは待機組に言った。
「コドラン、クックル、メッキー。船のことは任せたよ」
「はいなー。お任せあれー」
いつものように独特な口調でメッキーが請け負う。
それからアランは、大所帯となったパーティを引き連れ、滝の洞窟の中へ足を踏み入れた。
「おおー。天井高ーい!」
「確かに。すごいね」
ビアンカの声にうなずくアラン。彼らの言葉は洞窟内に小さく反響し、やがて外の滝音と一体になっていく。岩の天井はそれほど高く、広かった。
この洞窟にも天然の光石があるのか、奥に続く通路はほんのりと明るかった。
マーリンがぐーっと背伸びをする。
「やれやれ。滝の洞窟というからどれだけジメジメしているかと思えば……案外、快適ですのう」
「そうだね。おかげで探索もしやすい」
「さよう。つまり最初から『誰かが訪れること前提にできたもの』と言えますかなあ」
まほうつかいの言葉に、アランやピエールがハッとして振り返る。
マーリンはカラカラと笑った。
「元からこうだったのか、それともワシらが来たからこうなったのか。いずれにせよ、ここに大事な何かが眠っていることは、間違いないでしょうな」
「なるほど。どうりで不思議な空気に包まれているわけです。清浄さと魔物の臭気が混在しているのですね」
ピエールがうなずいた。マーリンが肩を叩いてくる。
「アラン殿。気をつけなされ。溶岩洞窟ほどではないにせよ、ここも安全ではなさそうですじゃ」
「ああ。わかってる」
アランはちらりとビアンカに視線を向け、表情を引き締めた。