【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
この日の風は、いつもより冷たく感じた。
「行ってきます」
静かに眠るアルカパの街に向かって、アランは小さくつぶやいた。ビアンカが背中を叩いてくる。
「アラン、もっと元気に行きましょう。私たち、猫ちゃんをたすけに行くんだから。だいじょぶ、私たちにはできるよ」
「うん。そうだね。行こう、ビアンカ」
背筋を伸ばし、アランとビアンカは肩を並べて歩き始めた。
草原を横切り。
森を抜け。
高い山々を横手に見ながらひたすら歩く。
やがて、高台に立つ古城が見えてくる。レヌール城だ。
一目見て、異変に気付いた。ビアンカが裾を引く。
「ねえ。あのお城の空だけ、ものすごく暗くない?」
アランはうなずいた。木々の間からのぞくレヌール城、その上空には夜空よりもさらに暗く厚い雲が覆っていた。時折、
気持ちを引き締めたアランたちは、さらに歩を進める。
レヌール城の正門までたどりついた時には、周囲の気温がさらに低下したような錯覚を抱いた。勇気を振り絞り、ふたりは正面玄関の大扉の前に立つ。
錆付いた鉄扉を、二人で力を合わせて押し開けようとする。
――が。
「……あかない」
「びくともしないわ。どうしましょう」
手についた錆を嫌そうに拭いながら、ビアンカが途方に暮れた。アランは辺りを見回した。
「これだけ大きなお城だもの。きっとほかに入り口があるはずだよ」
「そうね。手分けして――」
言いかけ、ビアンカはふと後ろを振り返る。何もないことを確認して息を吐き、恥ずかしそうに笑う。
「手分けしないで、いっしょに探しましょ?」
「うん」
正面玄関から離れた二人は、とりあえず外壁に沿って歩き始めた。城を取り囲む高い塀との間を慎重に進みながら、アランたちは城の裏手に回った。
「あ! あれ見て。階段じゃないかしら」
ビアンカが指差す先に螺旋状の階段があった。どこに続いているのかと階段の先を目でたどる。どんどん首が上を向き、やがてほとんど雲を見上げるほどになったとき、ようやく階段が終わっていることに気付く。
どうやら城の最上部まで続いているようだ。
ひときわ強く風が吹く。木々が鳴った。ビアンカが手を握ってきた。
「……高いね」
「あの子をたすけるためにはのぼらないとだね、ビアンカ。でも」
「でも?」
「……何だかこのお城、ヘンだよ」
瞬間、稲光が走った。空気を引き裂く音が耳を通り越して腹まで響く。
ビアンカが震える声を出した。
「アラーン、何てこと言うのよぉ。もうバカッ」
「ご、ごめん。だけど、いかなきゃ。ほら、ビアンカ」
ビアンカの手を引き、アランは階段を上り始めた。一本の太く大きな柱に石板を突き刺した形状の螺旋階段で、眼下の光景が足元から嫌でも目に入った。上がれば上がるほど風は強まり、一段上ろうと上げた足が風に取られそうになる。何かにしがみつこうにも、手すりは今にも朽ち果てそうでとてもよりかかることなどできない。
空は絶え間なく鳴動している。黒雲の中で雷が迸っているのだ。
時間をかけて、ようやく二人は最上部にたどり着く。
まるでアランたちを招くように、ぽっかりと入り口が開いていた。その先は真っ暗だ。
二人は意を決し、武器を構えた。慎重に中に入る。
ふっ、と周囲が暗くなる。
固い石畳から、柔らかい何か――絨毯を踏んだ。
直後、背後で金属の擦れる大きな音が響いた。入り口の鉄格子がひとりでに降りたのだ。
ただでさえ暗い視界がさらに漆黒に染まった。
アランは産毛を逆立てた。前から、後ろから、横から――周囲すべてから、得体の知れない気配が迫ってくる。
繋いでいたビアンカの手が、離れる。温もりが、遠のく。
「きゃああああああぁぁっ!」
「ビアンカッ!?」
耳をつんざくビアンカの悲鳴。しかしすぐに途切れた。
部屋が急に明るくなる。壁にしつらえられた松明がひとりでに火を放ったのだ。
アランは立ち尽くす。
棺がずらりと並んでいた。そのすべての蓋が開いている。
――ビアンカの姿はどこにもなかった。