【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
「ビアンカ、ビアンカ!?」
呼ぶ。だが返事はない。
アランの声は、部屋の隅に溜まった闇に吸い込まれていく。勇気を振り絞り、開いたままになっている棺をひとつひとつ見て回った。
松明の光に照らされ、空中に舞う埃が見える。棺の中は例外なく空っぽだった。蜘蛛の巣がはり、血を塗りたくったように真っ赤である。
部屋の奥に、下に降りる階段がある。
灯りの陰になっているそこは、まるで奈落の底に続いているかのよう。声はしない。代わりに、微かに風の通る音がする。
抜き身の銅の剣を握りしめ、アランは階段の一段目に足を置いた。靴裏が石粒を踏む音が耳に届く。手すりを頼りに、ゆっくりと降りた。
――心なしか、呼吸をするのが、苦しい。
人影は皆無なのに、下の階も松明が燃えている。幽霊が居着いているという噂は、どうやら本当のようだ。
周囲を警戒しながら、アランはビアンカの姿を探した。彼女が幽霊に連れ去られてしまったのなら――悪い想像を振り払い、アランはひたすら歩いた。
ふと、振り返る。
埃が溜まった床の上に点々と自分の足あとが付いているだけで、背後には誰もいない。大きな石像が通路を挟むように立っているだけだ。明かりはあるのに、闇は濃い。
アランは再び歩き出した。
こつん……ごりりぃっ……。
再び振り返る。今度は身体ごと、剣を構えながら、だ。
石像が『こちらを向いていた』。
アランは思わず唾を飲み込み、一歩、二歩と後退る。
石像は動かない。穴の開いた目で、じっとこちらを見ているだけだ。
あの目――さっきまでは確かに別の方向を向いていた。
視界の端に扉を捉える。
ゆっくりと、ゆっくりとそちらへ向かった。視線はまだ、石像と合わせたままだ。
石像は――動かない。
いま気付く。石像が握っている剣。あれは石ではない。本物の鉄だ。松明の光が、そこだけ眩く反射している。
石像は動かない。だが――視線はずっと、アランに向けられていた。
手が、扉の取っ手に触れる。握った。回す。扉が、開く。
冷たい風が流れ込んできた。室内とはまた違った闇が扉の隙間からのぞく。
アランは一気に扉を開けその奥に身体を滑り込ませると、そのまま叩き付けるように扉を閉めた。耳鳴りがした。あまりにも静かな緊張感に、額に汗をかいていた。
雷鳴がとどろく。
驚きで背筋を凍らせながら、ふと、どこからか漏れてくる小さな声を聞いた。
『……ぅん……うーん』
「……ビアンカ?」
聞き間違えではない。うなされているような、苦しげなビアンカの声だ。
周囲を見回す。そこでまた、心臓が止まりそうなほど驚く。
そこは城の屋上に設けられた――墓場だった。
雷鳴に邪魔をされながら、アランは声の出所を探す。そして、ひときわ大きな墓のひとつから声が漏れていることを突き止めた。
墓石に耳を当て、ビアンカの声を確認すると、アランは意を決して蓋をはずした。重い石板が、腹に響く低音を上げながらずれていく。
半分ほど開いたところで――。
「ぷはぁっ! ああ、アラン!」
ビアンカが勢いよく飛び出してきた。アランは心底安堵した。
「よかった、ぶじだったんだね」
「うん、ありがと。たすけてくれて。とても息苦しくて、しぬかと思っちゃったわ。でも、もうちょっと早く来てくれるとうれしかったのに」
ビアンカの言葉に目を瞠る。意外なほどあっけらかんとしているなと思ったアランだったが、よく見るとビアンカの肩が細かく震えていた。そのときの恐怖を表すように、ビアンカの表情が徐々に沈んでいく。
「あのとき、とつぜん真っ暗になったと思ったらふっと身体が軽くなって。誰かに抱えられているんだって思ったけど、全然姿が見えなくて……気がついたらあの中にいたの。ねえ、アラン。やっぱりここ、お化けがいる……んだよね?」
「……うん。うわさは本当だよ」
しばらく、互いに無言になった。
風が、冷たい。
自らの身体を抱くビアンカに、アランは手を差し伸べた。
「いこう、ふたりで。こんどは必ず、僕がビアンカを守るから」
「アラン……」
つぶやくビアンカに、アランは元気づけるように笑いかけた。