【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
ビアンカを手をしっかりと握り、再び城の中に潜入する。
明らかに緊張した様子のアランに、ビアンカが怪訝そうに声をかける。
「どうしたの、アラン。何か、あるの?」
「……ううん。何でもない」
両脇に鎮座する石像に目をやりながらアランは短く答えた。
――石像の顔の向きは、元に戻っていた。
「ちょ、ちょっと。早い、早いってば」
急に早足になったアランにビアンカがうろたえる。だが彼女も石像から発せられるただならぬ雰囲気を感じ取ったようで、アランが急ぐ理由については深く聞いてこなかった。
不気味な石像の前を通過し、さらに廊下を歩く。突き当たりに下に降りる階段があった。漆黒の水が充満していると思えるほど、その先は真っ暗である。
階段を降り、床に足を置いたときには、すでに隣にいるビアンカの姿すら見えなくなっていた。
「真っ暗だわ。アラン、気をつけてね」
「うん」
さらに強くお互いの手を握りしめ、アランたちは一歩一歩前に進んでいく。
周囲は完全な闇で覆われているため、次第に自分がどちらの方向に歩いているのかわからなくなってきた。
銅の剣を苦労しながら鞘に収め、空いた手で壁を伝いながら歩く。
闇はまるで粘土のようにアランたちに絡みついてくる。
意識しなくても、周囲の微かな音が耳に入ってくる。
何とか次の扉までたどり着き、光のある部屋に出たときには、ふたりとも疲弊していた。背中合わせに座り込む。
「あっ……」
ビアンカが目をこすった。
「いま、あそこに誰かがいたような」
指差す先にはさらに階段があった。どうやらこの城は各階を繋ぐ階段が至る所に設置されているらしい。だがアランが目を凝らしても、そこに人影は見えなかった。
立ち上がり、階段へ向かう。これまで降りてきたものと比べ、造りが豪華だった。螺旋状に上階へと続いている。
埃の舞う絨毯を踏みしめながら、アランたちは階段を上る。長く、広い廊下が目の前に現れた。
「まるで王様のお部屋みたい。このお城の持ち主さんがいたのかな」
ビアンカのつぶやきを耳に、廊下を歩く。
途中、大きな扉のある部屋の前に来た。
物音が、する。
しかも床がきしむような類の音ではない――人の声だ。
泣いている。
息を呑むビアンカの前で、アランは扉に手をかけた。
「ちょ、ちょっとアラン!」
制止を振り切り、部屋の中へと入る。
橙色の灯火がアランたちを包んだ。
とても大きな室内だった。埃を被ってはいるが、調度品はどれも立派な作りで、一目見ただけでもここが身分の高い人の居室であることがわかる。
恐怖も忘れ感嘆の声を上げるビアンカを背に、アランは部屋の奥を見た。
悲鳴を飲み込む。
ソファーの上に、女性がひとり腰をかけていた。
白いドレスを着た彼女は、真っ直ぐにアランたちを見つめる。顔には涙の跡がある。その姿はまるで息を吹けば散り散りに消えてしまいそうなほど儚げで――実際に、身体が透けていた。
ビアンカとともに女性のところへ歩み寄る。ビアンカは不安そうにアランの服を掴んでいた。不安はアランも同じ。けれど、それ以上に「何とかしなきゃ」と思っていた。
その女性が、あまりにも哀しそうで、つらそうだったから。
声をかけようとしの瞬間、女性が顔を逸らした。指で、どこかを指し示す。
そしてそのまま音もなく消えていった。
女性が腰掛けていたソファーを触る。埃が小さく舞った。誰かが先ほどまで座っていた様子など影も形もなかった。
「お化けさん……だよね? でも何だか、とってもかなしそうだったよ」
「うん。僕もそう思った。何でなんだろう。お化けって、もっと怖いものだと思っていたのに、あの人は、なにかちがう感じだった」
「それにさっき、どこかを指差していたよね」
アランとビアンカは顔を見合わせた。
そして二人同時に、同じ方向を見る。
壁の向こう――廊下の奥。女性の指は、この部屋のさらに先を示していた。