【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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26.城の主エリック

 

 部屋を出た二人は、さらに廊下を先へと進んだ。

 あの女性の幽霊は、自分たちに何かを訴えかけていた。彼女の指差した先には、きっとこの城にまつわる大事な何かがあるはずだと考えたのだ。

 

 ビアンカが咳き込む。「空気が重いね。ノドにひっつく感じ」と彼女は言った。

 アランも同感だった。足元と天井の両方から、淀んだ気配が染み出している。

 突き当たりに扉があった。慎重に開ける。

 

「……?」

 

 直後に目にした物が一体何なのか――最初、アランにはわからなかった。

 

 目の前に広がる赤くて白くてふわふわしたもの。目を凝らしても形が曖昧で、煙のようにぼやけた何か。

 やがてその『何か』は豪奢な服であると気付き、それを身に付けているのが恰幅の良い男だと気付き、さらには男が目の前に『浮遊』していることに気付いた。

 

「うわぁっ!?」「きゃあっ!?」

 

 ビアンカも同時に声を上げる。すると男は滑るように部屋の奥へと飛んでいった。

 扉を『すり抜ける』。

 呆然と立ち尽くすアランたちは、やがて各々の武器を取った。あれがこの城の幽霊の親玉かもしれない――二人は無言でうなずきあった。

 

 さらに慎重に気配を探り、柔らかく押し出すように扉を開けた。その先は屋外に通じていて、生温い風がアランとビアンカの脇を走る。

 扉の外はベランダになっていた。城の外壁に沿うようにゆるやかなスロープを描いて上へと続いている。

 さきほどの男は、スロープの突き当たりに浮かんでいた。

 

 恐る恐る、二人は男の前に立つ。武器を構え、その切っ先を向けると、男はどういうわけか感心したような声を出した。

 

『おお。勇気のある子どもたちじゃ。まさかここまで付いてくるとは』

 

 予想外の言葉にアランの手が止まる。男は満足そうに何度もうなずいた。

 

『わしはエリック。このレヌール城の主じゃ。といっても、ご覧の通りの有様。もう死んでからずいぶんと経つ』

「あるじ?」

「じゃあレヌール城のお化けの正体は、おじさま?」

『いや』

 

 ビアンカの問いかけに、レヌール城主は短く、しかしはっきりと否定した。

 

『少し前からこの城に親分ゴーストとやらが棲みつきはじめてな。わしや(きさき)、それにこの城に眠る多くの使用人たちは奴らに縛られ、安らかに眠ることができなくなった。今もなお、下の階ではゴーストたちが好き勝手にしている。みな、ほとほと困っておったのだ』

「じゃあ、噂で聞いた『人が泣く声』って」

『我が后を含め、囚われた霊たちには女性も多い。彼女らの悲痛の叫びが君たちの住む場所まで届いたのだろう。それは申し訳ないと思っている。だが、わしらとしてはどうしようもないのだ』

 

 沈鬱なエリックの表情にアランとビアンカは口を閉ざす。

 すると突然、エリックが目前に近づいてきた。

 

『そこでだ君たち。噂があるにもかかわらずこの城までやってきて、なおかつここまでたどり着けた君たちの勇気と力を見込んで、ひとつ頼まれてくれないか!』

「わわっ!? た、たのまれてって?」

『親分ゴースト! こいつさえ倒すことができれば、他の子分たちも諦めて出て行くだろう。そうすればわしらは安心して眠りに入ることができる』

「え、えっと?」

『大丈夫だ。君たちはまだ小さいが、その勇気は本物であるとわしは信じる。きっと親分ゴーストを退けることも可能だろう! 頼まれてくれないか! な!』

「あ、あの。エリックさん、ちょっと近すぎ」

『な!』

 

 困惑するアランとビアンカ。しかしエリックは一向に引く気配がない。このままではエリックに身体を乗っ取られるか、さもなくば呪われてしまいそうな勢いだった。

 

 やがて腹を決めたのか、ビアンカが拳を握った。

 

「おちついて、エリックおじさま。わたしたち、この城のお化けを退治しにきたの。おじさまの言うように悪いお化けがいるのなら、わたしたちがやっつけるから」

 

 アランもうなずく。

 エリックは大げさなほどに喜んだ。

 

『そうか、そうかそうか! いやありがとうっ! 親分ゴーストはこの城の上階にいる。ただその部屋に行くためには一度一階まで下りなければならないのだ。善は急げだぞ』

 

 言うが早いか、エリックはアランたちの頭上を浮遊して、扉まで戻る。

 

『この城の厨房にたいまつがある。ただのたいまつではないぞ。わしらの生きていた頃、儀式用に使っていた聖なるたいまつだ。それを使えば、途中の階にある不自然な闇も祓うことができるだろう』

 

 厨房は地下にある、頑張ってくれ、とエリックは付け加えた。

 上機嫌で見送るエリックに、アランは遠慮がちにたずねた。

 

「あの、せめてたいまつのあるところまでいっしょに来てもらうことは」

『わしでは闇を越えられない。なにせ縛られてしまっているから』

 

 胸を張って言われてしまった。

 

 肩をすくめたアランとビアンカは、気を取り直して来た道を引き返し始める。

 目指すは地下の厨房、たいまつが保管されている場所だ。

 

 

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