【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~ 作:和成ソウイチ
その後、アランは船の中を探検した。乗船してからすでに何度も足を運んだところでも、アランは飽きずに見て回った。
風に揺れる帆の様子とか。
床一杯に敷き詰められた荷物の山とか。
何故か風呂場で自分を驚かそうとしてくる変なおじさんとか。
会う人会う人、みな笑顔で迎えてくれる。彼らは口を揃えて、パパスはすごい人だと言ってくれた。アランはそれが嬉しくて、そして誇らしかった。
そんな楽しく刺激的な旅も、終わりの時を迎える。
水平線ばかりだった海に、うっすらと陸地の影が見え始めたのだ。
「港が見えたぞー!」
マストの先に作られた見張り台で、船員が大声を上げる。にわかに慌ただしくなる船上の様子を、アランは複雑な気持ちで眺めていた。
「そろそろお別れだな、坊や」
声をかけられ振り返る。真っ白な服を着た初老の男性が微笑んでいた。航海中、よくパパスと話をしていた船長だ。「可愛い孫ができたようだ」と、とても優しくしてもらった。別れるとなると寂しいとアランは思った。
うなだれるアランの頭を撫でながら、船長は言う。
「さ。お父さんを呼んでおいで」
小さくうなずいたアランは駆け出した。客室にいる父に港到着のことを伝えると、パパスは感慨深そうにうなずいた。
「サンタローズを出てもう二年になるか。早いものだな。まだお前が四つのときだから、覚えていないかも知れないが」
「ううん。僕のふるさとだよね、お父さん。覚えてるよ」
「そうか。では、行くとしよう。忘れ物がないようにな」
父に連れ立って客室の扉をくぐったアランは、ふと背後を振り返った。誰もいなくなった室内に向かって深くおじぎをする。
「お世話になりました。いってきます」
――辿り着いたのは、巨大な船体には少々不釣り合いな小さな港だった。船が座礁しないようにするため、港は陸地から少し離れた海上に建てられている。
操舵手が見事な腕前で、船を港に横付けする。桟橋の代わりに大きな板が船との間にかけられる。アランは父と並んで、その作業を感心しながら眺めていた。
ふと、港に人影があることに気付く。大人の男性がひとりに、子どもがふたり。
船縁に立つ船長が声をかける。
「ルドマンさん。お待たせしました」
「ご苦労様でした。相変わらず時間どおりで感心ですな!」
気心の知れた様子で会話する男性。船の上からでも恰幅が良さがわかった。かたわらには小さな女の子がふたり、寄り添っている。
ルドマンと呼ばれた男性が桟橋代わりの板に足をかける。同時に、右側にいた女の子がルドマンを追い抜いて船に駆け込んできた。黒髪が海と空の蒼に映える。あっという間にパパスの前まで辿り着く。
目を丸くするパパスに向かって、黒髪の女の子は気の強そうな瞳を向けた。
「おっさん。邪魔よ」
「お、おっさ……?」
思わぬ台詞にパパスが二の句を継げられないでいると、女の子は彼を無視してアランに目を向けた。ほとんど睨むような表情ながら、そこに潜む可憐な容貌にアランはどきりとした。
「こらデボラ! 待ちなさい」
「ふんっだ」
ルドマンの声に振り返らず、デボラと呼ばれた少女はさらに奥へと駆けていった。彼女が向かったのはアランが唯一、立ち入ることが許されなかった専用客室がある場所だった。
残ったもう一人の女の子を連れ、ルドマンがようやく甲板に降り立つ。
アランは再び胸を高鳴らせた。
大きなリボンと空のような蒼い髪が印象的な少女だった。デボラとは反対に、清楚な華を思わせる可愛らしい女の子である。
彼女はアランの視線に気付くと、わずかに身体をルドマンに寄せた後、はにかみながら頭を下げてきた。
ルドマンがパパスに詫びた。
「申し訳ない、お客人。私の娘がとんだ粗相を」
「いえ。お気になさらず。元気があるのは大変良いことです。その子もあなたの?」
「ええ。フローラと言います。私はこの子らの父、ルドマンと申します。さ、ご挨拶なさい。フローラ」
「はい、お父様。初めまして。フローラと言います。さきほどはねえさ――姉が失礼をしました」
「これは驚いた。ずいぶんしっかりしたお嬢さんだ。おっと失礼。挨拶が遅れましたな。私はサンタローズのパパス。こちらは私の子、アランです」
突然名前を呼ばれ、アランはどきどきしながら頭を下げた。頬が赤くなっているのが自分でもわかる。何だか格好悪いなと思いながら、ゆっくりと顔を上げた。
ルドマンは「利発そうなご子息ですな」と朗らかに笑い、フローラは先ほどよりも打ち解けた笑顔を見せてくれた。アランも嬉しくなって、笑った。
それからパパスとアランは船長に感謝を告げ、ルドマンたちの船旅の安全を祈った。彼らもまた「あなたの行く末に幸多きことを」と祈ってくれた。
船は航跡を残し、水平線の彼方へと小さくなっていく。その雄姿を見つめながら、アランは偶然出逢った二人の少女の顔を胸に刻んだ。
短い時間のことだったけれど、とても素敵な出逢いだった――素直に、そう思った。