【伝記】ドラゴンクエストⅤ ~天空の花嫁~   作:和成ソウイチ

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32.親分ゴースト戦 2

 

 ビアンカが大きく息を吸い込む。まるで自分を鼓舞するかのように、力強く一歩を踏み出す。

 呪文を唱える。

 腕を、振る。

 

「いっけぇぇっ、ギラッ!」

 

 巻き上がる炎。

 ふたつの呪文が正面からぶつかり合った。

 空気がきしむような音が響く。

 

 ビアンカの額から汗が噴き出す。それでも彼女は歯を食いしばり、親分ゴーストの呪文を真正面から押し返そうとしていた。

 

「かーっ!」

 

 敵もその意図に気づいたのだろう。馬鹿にするなと言わんばかりに咆吼を上げる。

 マヌーサの霧が、逆巻く炎に煽られて消えていく。ビアンカの表情が徐々に苦しげなものになっていく。

 そして――

 

「きゃああああああっ!?」

 

 爆発音が響き、黒煙が上がった。

 衝撃でベランダが揺れ、小柄なビアンカは床に叩き付けられた。だが親分ゴーストも無事ではない。爆風に視界を奪われたのか、骨だけの目元を押さえて苦悶の声を上げている。

 

「く、そっ。くそぉぉっ。小娘! よくも!」

 

 鋭い爪を伸ばしてビアンカににじりよる。その体全体から醜く濁った煙が滲み出ている。それは夜の闇の中でもなお暗く、視界を奪うほどだ。

 

 ふと、親分ゴーストの歩みが止まる。

 何かに気づいて、左右を見る。

 

「……えへへっ」

 

 膝を突きながら、ビアンカが不敵に笑った。

 どこからか空気を切るような音が――近付いてくる。

 

「ざんねんでした。わたしは、ひとりじゃないんだから」

 

 その言葉の意味を理解できず、立ち尽くす親分ゴースト。

 空気を切る音はどんどん近付いてきて。

 

 どこから――そう、上から。

 

 顔を上げた親分ゴーストのすぐ目の前に、アランが突き出した剣の切っ先があった。

 

「これで」

 

 驚愕する敵にアランは叫ぶ。

 

「おわりだぁっ!」

「う……うおおおおおおおっ!?」

 

 全体重と落下の勢い、そして渾身の力を込めた一撃が親分ゴーストを襲った。硬い骨を砕く感触にもかまわず、アランは自らの剣に力と思いの全てを込める。

 やがてその切っ先は骨よりもなお硬いものにぶちあたった。甲高い音を立て、同時に落下が止まる。剣先が床まで到達していた。

 

 上から、下まで――親分ゴーストの身体を貫いたのだ。

 

 親分ゴーストから濁った煙が吹き飛ぶ。

 衝撃によろめきながら、アランは剣を引き抜き急いで離れる。ビアンカとふたり寄り添うように、固唾を呑んで親分ゴーストの様子をうかがう。

 しばらく敵は止まったままだった。

 

「ぎ……」

 

 アランの顔に緊張が走る。ぎこちないながらも、親分ゴーストがこちらを振り向いたのだ。

 今にも崩れ落ちそうな様子で、心なしか体の下半分も透けているように見える。だが、親分ゴーストはまだそこにいた。

 

 ビアンカが武器を構え直した。「なんどでも……!」とつぶやく彼女の瞳には強い意志が宿っている。

 対するアランは親分ゴーストの様子を見て取ると、武器を構えることなく数歩、近付いた。敵の目前で、改めて剣を構える。

 そのときだ。

 

「……ま、まいった……」

 

 か細く情けない声で親分ゴーストはつぶやいた。満足に動けないのだろう。不自然な体勢のまま懇願してくる。

 

「これ以上やられたら、本当に消えちまう……。もうこの城にはちょっかい出さねえ、子分たちもみんな出て行かせる……だ、だから許してくれ。この通りだ」

「アラン! ダメよ、そんなやつのいいなりになったら!」

 

 ビアンカが憤慨した声を上げる。

 アランはじっと親分ゴーストを見る。アランを見返すモンスターは、さきほどよりも小さく見えた。

 しばらく見つめ続け、親分ゴーストがかたときも目を離さなかったことを見て取ったアランは、ゆっくりと剣を下ろした。

 

「いいよ。逃がしてあげる」

「あ、アラン!?」

「でも、もしまたみんなに迷惑をかけたら、そのときはゆるさないからね。ぜったい」

 

 驚きの声を上げるビアンカを背に、アランは諭すように親分ゴーストへ告げた。するとモンスターは脱力したように長い息を吐いた。

 それから――どういうわけか親しみを込めて――アランに言った。

 

「へへっ……ありがとよ。あんた、いい大人になるぜ」

 

 その言葉とともに、親分ゴーストの姿が薄れていった。完全に消えてなくなるまで、アランはその様子を見届けた。

 同時に城全体から禍々しい気配も消えていく。

 

 ――いつの間にか、夜明けが近付いていた。

 

 

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